キク科のダリアはバラやキクと似たような存在感がある。ダリアはメキシコ原産で、メキシコの国花になっている。ダリアは牡丹のように沢山の花びらが重なりボリュームのある華やかな花で、様々な咲き方をする。例えば、デコラティブ咲き(八重咲き)、カクタス咲き(八重咲きで、花びらが細くなる)、シングル咲き(一重咲き)、アネモネ咲き(中心部が筒状になる)、ボール咲き(八重咲きの花が球形に咲く)など。
ダリアの和名は花の形がボタンに似ていることから「テンジクボタン(天竺牡丹)」。1842年にオランダから日本に渡来し、昭和に入り、家庭の庭先を飾る夏の花として普及した。私の中では秋のキクとダリアが部分的に重なり、時にダブって見える。画像のダリアは「ラベラ・マジョーレ」と呼ばれる園芸種で、オランダのビーケンカンプ社が育種した色鮮やかな大輪八重咲きのダリア。最後の画像はキク。
*(蛇足)菊の原産地は中国。その歴史は3000年を越える。中国で菊は神聖な力を持つ薬であり、漢時代には既に重陽の節句(毎年9月9日に行われる五節句の一つで、別名が「菊の節句」)の主役であり、梁時代に菊の栽培が始まり、唐代以降は品種改良が進む。平安時代に菊は宮中で人気の花となり、『古今和歌集』には菊の歌が多い。その後、菊は貴族から武士へ、武士から庶民へと広がり、江戸時代には園芸ブームが到来し、日本各地で独自に発展を遂げ、それらの品種はまとめて「古典菊」と呼ばれている。明治時代になると直径18cm以上の「大型の菊」が流行する。また、菊は江戸時代から食用としても本格的に栽培された。天皇家の家紋が菊であるのは後鳥羽上皇の菊好きに由来する。後鳥羽上皇は衣服、刀など、あらゆる持ち物に菊の紋章をつけていた。1868年には菊が最高の権威の象徴とされ、「十六弁八重表菊紋」が天皇家のみの紋章と制定される。
キク科の花を見渡せば、キクについての私たちのイメージは刷新される筈である。『菊と刀』など、「菊」が用いられる作品に登場する植物をキク科のコスモス、ダリア、マーガレットなども含めて、新たな品種に広げるなら、日本人の菊に関する常識は随分と変わる筈で、これからの日本における菊の意義を考え直す基本の一つになるのではないか。



(キク)