(1)大乗経典の傑作:『法華経』
聖徳太子や最澄の昔から日本で最も親しまれてきた経典が『法華経』。西暦1世紀前後に伝統的仏教に対して新しい宗教改革運動が起こる。それが大乗仏教で、新しい経典を創作し、経典によって思想を表現した点に大きな特徴がある。ブッダの教えを書き残したのが経典だが、大乗仏教の改革者たちは自分たちで新しい経典を創作し、ブッダ自身も同じように考え、教えたはずだというスタイルで自らの新思想を表現し、展開した。『法華経』はそのような大乗仏典の代表的な経典。最初の大乗仏典が般若経、その後維摩経や法華経や浄土経などの経典が次々生まれる。法華経の原典は西暦3世紀の中葉までに成立した。創作された経典(大乗経典)は「偽経」とも呼ばれ、そのため、「大乗非仏説」(大乗仏教はブッダの教えではない)も主張されてきた。
(2)大乗仏教運動の主張とその理想像
では、大乗仏教運動の改革者たちが伝統的仏教の何に不満を持ち、反逆したのか?伝統的仏教の僧たちは自らの修業と悟りを究極的な目的にしていて、大衆の救いに関心を持たなかった。それに対して、新しい経典の作者たちは自らの救いより大衆の救いの為に生きる、という道を選んだ。その理想像が菩薩。菩薩は悟ってブッダになる前の求道者で、新しくつくられた大乗経典の中に大衆の救いのために生きる理想的ヒーローとして登場する。観音菩薩や弥勒菩薩といった何百何千の菩薩が大乗教典に登場するが、すべて架空のヒーローである。真の求道者とは如何にあるべきかを理想的に示す菩薩たちが様々に活躍する一連の物語、それが大乗経典なのである。
伝統的仏教でのブッダの教えは悟りに達することが最終ゴールである。ブッダの教えは苦の原因を知り、それに執着せず、苦からの解放を得る道である。それは苦を生み出していた原因に対する迷妄から解放されることである。それがブッダの悟りなのだが、法華経はそれではまだ「この上なく勝れた」悟りに達していないと主張する。では、「この上なく勝れた」悟りとは何なのか。法華経では理想の修行者は自ら苦から解放されて悟りと平安の境地にとどまっている人ではなく、立ち上がって、「多くの人間を苦しみから解放する」ため、「すべての人々の安楽の基となる」ブッダの教えを説き示す人のことである。これが、単なる「悟り」を超えた「この上なく勝れた」悟りである。
このように、大乗仏教の宗教改革者たちは、自らの救いを求めるのではなく、生きるものすべての救いを求めることを求道者の理想像(=菩薩)とした。そして、その新しい教えを「大乗」、すなわち、たくさんの人々を救うための大きく勝れた乗物(菩薩乗)と呼んだのである。
(3)ブッダの教えと迷信
ブッダが死んだ後、弟子たちはその教えを守り、修業に励む。しかし、一般大衆はブッダの教えを学び、厳しく修業するより、むしろ、ブッダの骨を収める仏舎利塔にお参りすることで済まそうとした。ブッダの教えは理路整然としていて、苦の原因を追及し、それを取り除くことによって苦から解放されるというもの。そのため、ブッダは祈祷や呪いを一切否定する。ところが、大衆の救いに関心を持つ大乗仏教の改革者たちは大衆の迷信を否定せず、それもブッダの教えと同じように積極的に受容した。
これは伝統的仏教には見られない、大乗仏教に特徴的な性質である。しかも、後代の大乗経典になるほど、この大衆の迷信を受容する傾向が強くなる。やがて、仏像をつくって拝むようになり、最後期の大乗教典(密教)では、ブッダが明白に否定した様々な迷信、呪文(真言)や「火をたく護摩の術」さえも行われるようになる。
このように、大衆の救いに特別の関心を持つ大乗仏教の改革者たちは、ブッダが否定した迷信を否定するどころか、むしろそれを積極的に受け入れた。そして、それを正当化するためにつくられた物語が新しい大乗経典である。
(4)方便
大乗経典は宗教文学。文学は創作だが、大乗経典は人を騙すための創作ではなく、それを通じて作者のメッセージを伝える物語である。大乗経典はブッダが教えたという伝統的仏教経典の形式を使って、ブッダや菩薩を主役とした物語である。それは、ブッダの思想を継承し、ブッダが語らなかった真理を語ろうとする。
では、大乗仏教の改革者たちはどのような理由でブッダの教えでないものをブッダの教えとして新しい経典を次々に創作していったのか。その答えの一つが、「巧みなてだて(方便)」という大乗仏教を特徴づける考えにある。大衆を救う諸仏や菩薩がもつ救済のための巧みな技術が方便である。大衆が簡単に受け入れる仏舎利塔信仰や仏像信仰や経典信仰などの迷信を、単に迷信であると捉えずに、大衆も仏教の道に入ることができるようにと、秘かに企てられたブッダの巧みな手だて(方便)であると改革者たちは解釈した。これは正に革命的なアイデア、パラダイムシフトだった。
(5)大乗はブッダの教えを否定する?
悲しみや苦しみからの解放は、その原因や条件を知り、それらを取り除くことによって達成される、とブッダは考え、人間の悲しみや苦しみからの解放の手段としての迷信はすべて捨てなければならないと説いた。それが原始仏典の伝え残したブッダの教えである。したがって、法華経などの大乗の諸経典が、ブッダの遺骨に供え物を捧げるだけで(仏舎利塔信仰)、仏像を作りそれを礼拝するだけで(仏像信仰)、あるいは経典の一節や題目を唱えるだけで(経典信仰)、最高の悟りに至ることができるという迷信を認めたことは、ブッダの本来の教えを否定することではないのか。
この疑問に対して、ブッダの教えを否定する彼らの新しい思想こそが実はブッダのより勝れた教え(大乗)であり、伝統的仏教はブッダの教えを理解できない大衆を救う心も技術も持たない劣った人々のための仮の教え(小乗)でしかなかった、という巧みな手だて(方便)で答えたのである。これが、大乗仏教が「ブッダの教えを否定してもブッダの教えである」と主張するために考え出された正当化の理屈である。
(6)なぜ、ブッダの教えでないものがブッダの道へ導くものとなるのか
しかし、大衆を救うためとはいえ、そんな大衆迎合的な嘘をつくことが許されるのか。「嘘ではない」というのが大乗仏教運動の改革者の確信だった。だが、いかにして本来のブッダの教えでないものが、ブッダへの道に入ることになるのか。本来のブッダの教えでなくても、それを受け入れることが、本来のブッダの教えに導かれる何らかの縁となるならば、それは、究極的にはブッダへの道となるのだから、それもブッダの教えである、というわけである。仏舎利塔や仏像をつくり、それらを礼拝すること自体は、もちろん、ブッダが教えたように、人を悟りに至らせるものではない。しかし、仏舎利信仰や仏像礼拝は、ブッダを尊敬する心を育み、やがて、心の中に、「ブッダとは誰か?」、「ブッダの教えとは?」という問いを生む因縁になる。同じように、法華経の経典の名前(『妙法蓮華経』)や念仏を唱えることそれ自体は、ブッダが教えたように、人を悟りに至らせるものではない。それは迷信であって、本来のブッダの教えとは何の関係もない。しかし、経典の名前を唱える行為は、経典やブッダに対する尊敬心を育み、やがて、心の中に、「その経典には何が書いてあるか?」、「呪文の意味は何か?」というような問いを生む契機、因縁になる。心の中にそれらの問いが生まれるとき、人は、本来のブッダの悟りへの道へと既に一歩を踏み出している。菩薩の巧みな手だては、こうして、ブッダの本来の教えを受け入れることのできない「劣った人々」をも、ブッダの道へと誘い出すことになる。そこに「大きくてすぐれた乗物」を主張する大乗仏教の意義がある。
最後に、ここまで述べてくると、どうしても次の問いを無視できなくなる。ブッダが大乗仏教を知ったら、その方便を嘘に過ぎないと言うだろうか?