ユリの花たち

 あちこちでユリの花が目立つようになってきた。白、黄色、赤などの花が眩しい。どのユリの花も私たちを惹きつけてやまない。私にはユリの同定がとても厄介で、正直なところよくわからない。ユリの原種は北半球に約100種類が分布し、そのうち15種が日本に自生している。ヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、テッポウユリなど、どれも美しい。

 ニワシロユリの別名はマドンナリリーで、キリスト教の宗教絵画によく登場してきた。白ユリは聖母マリアの純潔の象徴として描かれてきた(後にテッポウユリ(ニワシロユリ)がマドンナリリーと呼ばれるようになる)。

 ユリの花びらは6枚あるように見えるが、外側にある3枚はがくで、「外花被」と呼ばれる。内側の3枚が本来の花びらで、「内花被」。ユリの花は二つの合作である。その花の中央にはめしべが1本、その周りに雄しべが6本。

*画像の中からマドンナリリーを見つけて下さい。

 

ハンショウヅルの花

 キンポウゲ科センニンソウ属のクレマチスは「蔓性植物の女王」と呼ばれ、北半球に野生で生えている。樹木など、近くのものに蔓を絡ませて生長し、大きい物だと5m以上になる。

 品種改良が進められたクレマチスは今では230以上の品種がある。花は大型、色も豊富で、花姿も品種によって異なり、様々に楽しませてくれる。中国原産の「テッセン」、欧米原産の「インテグリフォリア」と並んで、日本原産のものにはボタンヅル、センニンソウ、ハンショウヅル、カザグルマ等がある。ハンショウヅルは釣り鐘型の花をつける(画像)。私たちのクレマチスのイメージとはまるで違う。

 クレマチスの花は花弁をもたず、花弁のように変化した萼を持つ点が特徴。さて、画像は豊洲の公園の端で見つけた釣り鐘型のハンショウズルで、昨年と同じように金網に絡みついている。上品な白色地で、外側や内側に赤紫色が入っている。

 いわゆるクレマチスやテッセンとハンショウヅルとを見比べても、私には同じ仲間には思えないのである。

クレマチス(最後の画像)とハンショウヅルの花を見比べてほしい。

 

トレニアの花

 この2、3年の間にトレニアを見る機会がめっきり減った。もっとあちこちで見られたのだが、随分少なくなった。それでも、トレニアは春から晩秋まで暑い夏にも負けずに、花を咲かせてくれる。2~3cm程度のスミレに似た花を株いっぱいに咲かせることから、別名「夏スミレ」、「ハナウリクサ」とも呼ばれている。

 トレニアインドシナ半島原産の一年生植物で、湾岸地域でもよく栽培されてきた。トレニア属特有の筒状の花を次々につけ、その花色は紫色、赤色、白色などがある。トレニアの花はトレニア属特有の筒状の花で、左右相称の筒状花で、花弁は5裂(上唇2裂、下唇3裂)している(画像)。

 

キムネクマバチ(クマバチ)とキオビツチバチ

 花が咲き、そこにハチが集まる。まだこんな地上の風景を見ることができる。戦争があり、温暖化が進行していても、その風景はこれまで私たちが見慣れたもの。嵐の前の静けさなのかも知れない。

 キムネクマバチ(クマバチ)の体長は20-24mm。ずんぐりとした体型で、重そうに飛ぶハチ。体は黒色で、胸部には黄色い毛が密生する。色々な花を訪れて、花粉や蜜を集める。

 キオビツチバチの体長は15~25mm。体は黒色で、腹部に大きな黄色い紋があるツチバチの仲間。オスの触角は長く、前翅長の3分の2ぐらいある(画像)。幼虫は、コガネムシの幼虫を食べて育つ。

*画像の花は順に次の通り

ラベンダー:地中海沿岸が原産で、「イングリッシュラベンダー」とも呼ばれ、本来は薬用、香料用の植物だが、園芸品種も多く、花色には青紫色やピンク、白色などがある。

モナルダ・フィスツローサ (ヤグルマハッカ、矢車薄荷):北アメリカ北東部からテキサス州にかけて分布。

ベロニカ・スピカータ:日本にも「るりとらのお」など20種が自生している。花期は6月から8月ごろ、青色の花が穂状に咲く。

ノコギリソウ(鋸草):葉の形状から鋸草、別名ノコギリバナ(鋸花)、羽衣の故事からハゴロモソウ(羽衣草)とも言われる。

 

ムラサキカタバミの花

 6月に入り、湾岸地域には多くの花が咲いている。今年特に目立つ花がムラサキカタバミ(紫片喰、紫酢漿草)で、あちこちに咲き乱れ、緑の中で薄紫色の斑点を生み出している。ムラサキカタバミの別名はキキョウカタバミ(桔梗片喰)で、南アメリカ原産。江戸時代末期に観賞用として導入され、日本に広く帰化している。黄色のカタバミ、色の濃いイモカタバミと比べても見栄えがいい(画像)。

カタバミカタバミ科カタバミ属、ハナカタバミオキザリス・ボーウィー)はカタバミ科オキザリス属。種で増え、小さな花が咲くのがカタバミ、球根で増え、大きな花が咲くのがハナカタバミ

ムラサキカタバミ

ムラサキカタバミ

カタバミ

モカタバミ

 

ザクロの花

 最近は湾岸地域でもよく見るようになったのがザクロ(石榴)で、その花が今年も咲いている。青空の中の赤い花は人を惹きつける。子供の頃、近所にザクロの木があって、不規則に裂けた実と種の多さ、そして酸っぱく、プチプチとした食感が強く記憶に残っている。カキやリンゴとは違って、ザクロは異国のものという印象があった。

 確かにザクロは10~11世紀頃に渡来している。種(タネ)が多いことから、アジアでは昔から子孫繁栄、豊穣のシンボルだった。唯一の女性のことを「紅一点」というが、これは王安石がザクロの林の中に咲く花を詠んだ詩から出た言葉。

 子供の私にはザクロやブドウはシルクロードで運ばれてきたエキゾティックな果物だった。ザクロの原産地ペルシャは現在のイラン、アフガニスタン辺りで、シルクロードを経てインド、中国、日本へと渡ってきた。

 

花言葉とバラ

 花について調べていると、花言葉がよく出てきます。そこには花への人の思い入れや望みが溢れていますが、時には迷信や誤謬の塊でもあり、とても人間的なものです。

その人間的な花言葉の発祥は17世紀頃のトルコらしい。花に思いを託して恋人に贈る風習がトルコにあり、それがヨーロッパに広がり、各国でその花のイメージからそれぞれの国に独特な花言葉ができました。

  1819年フランスのシャルロット・ド・ラトゥールが書いたLe Langage des Fleurs(『花言葉』)が評判となり、フランスで大ブームを起こし、それがヨーロッパ中に広がり、日本にも伝わりました。ラトゥールは独自の花言葉をリストにまとめました。彼女は花の観察と花の文化の両方を重視しました。

 ラトゥールは花の中でもバラに重要な位置を与えました。バラは「花の中の花」と称されるほどヨーロッパで重視されてきた花で、伝承や神話が豊富でした。ヨーロッパの伝統では赤いバラは勝ち誇る美と愛欲を象徴するだけでなく、現世の諸行無常も象徴しています。 日本に花言葉が「輸入」されたのは19世紀末の明治初期。当初は、輸入された花言葉をそのまま使っていましたが、やがて日本人の風習や歴史に合わせて日本独自の花言葉がつくられていきます。

 バラの花は代表的な園芸品種としてこれからも進化していくのでしょうが、花言葉の変遷はバラの生物学的な進化とはまるで別物です。でも、人はその二つを敢えて混淆するのが好きなようです。人は科学的にも、文化的にも花への「介入」が好きなのです。

*例えば「花言葉辞典(事典)」で検索すれば、個々の花の花言葉を知ることができます。赤いバラと白いバラの花言葉を比べてみるのも一興です。