キク科のダリアについて記したが、本家の菊を忘れてはならない。菊の原産地は中国で、人との係わりの歴史は3000年以上と長い。中国で菊は神聖な力を持つ薬として珍重され、漢時代には既に重陽の節句(毎年9月9日に行われる五節句の一つで、無病息災や不老長寿を願う伝統行事で、別名が「菊の節句」)が行われていた。梁の時代に菊の栽培が始まり、唐代以降品種改良が盛んになっていく。
菊は平安時代に宮中で人気の花となり、『古今和歌集』には菊の歌が多い。その後、菊は貴族から武士へ、武士から庶民へと広がり、江戸時代には園芸ブームが到来。菊に限らず、多くの草花の品種改良が加速する。さらに、幕府が9月9日を「重陽の節句」としたことで菊の人気が急上昇、現代にも伝わる菊が作られている。日本各地で独自に発展を遂げ、それらの品種はまとめて「古典菊」と呼ばれている。明治時代になると直径18cm以上の「大型の菊」が流行する。また、菊は江戸時代から食用としても本格的に栽培された。菊にはビタミン類が多く含まれ、東北地方を中心に栽培されている。
天皇家の家紋が菊であるのは後鳥羽上皇の菊好きに由来する。後鳥羽上皇は衣服、刀など、あらゆる持ち物に菊の紋章をつけていた。1868年には菊が最高の権威の象徴とされ、「十六弁八重表菊紋」が天皇家のみの紋章と制定される。
桜と菊は多くの人に国花と思われ、春の桜に対して秋を代表するのが菊。「菊紋」が皇室の家紋になり、それが菊の好まれる第一歩となり、それ以来、菊は高貴な花と看做され、ベネディクトの『菊と刀』が生まれることになった。
多くの人の常識に反して、薔薇は日本に自生していたが、菊は7~8世紀に中国から渡来した。薔薇の原種のうちの3種類、ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナスは日本原産である。それでも、菊の花は日本で古くから親しまれ、伝統の中で生き続けてきた。それが「和菊」と呼ばれ、今でも西洋が原産地の「洋菊」と共に栽培されている(和菊といっても上記から日本原産ではない)。
ヒメジョオンやハルジオン、コスモス、ダリア、マーガレット等々、どれもキク科の仲間であり、冬の寒さの中でキク科の広さと深さを改めて知るのである。




