妙高、黒姫、そして戸隠を舞台にした児雷也奇譚(1)

 「中世の熊坂長範」が信濃町出身であるのに対して、「近世の児雷也」が激闘を繰り返す舞台は妙高山黒姫山、そして戸隠山です。能の「熊坂」、歌舞伎の「児雷也」と対比することもできます。そこで、信越の怪人児雷也について述べてみましょう。

 信越(北信)五岳は斑尾山妙高山黒姫山戸隠山飯縄山で、そこは古来伝説の山岳地域です。山賊、野盗、忍者には平坦な穀倉地帯ではなく、険しい山岳地帯がどうしても不可欠です。信越五山のある信濃町長野市妙高市に加え、上越市、さらには立山(富山)までを含む地域が舞台となり、児雷也(じらいや)、綱手(つなで)、大蛇丸(だいじゃまる)という登場人物たちが三つ巴になって戦うのが『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』です。

 そして、児雷也の奇譚は歌舞伎になり、浮世絵で様々に表現されてきました。私の子供の頃のぼんやりした記憶には児雷也の漫画があり、映画がありました。そんな古い記憶より、『週刊少年ジャンプ』に連載された人気マンガ『NARUTO-ナルト-』と言えば、すぐわかる筈です。そこには様々な忍者が出てきますが、伝説の三忍の一人で、ナルトの師匠が自来也(じらいや)という忍者です。自来也児雷也と同じで、江戸時代後期の読本に登場する架空の盗賊・忍者です。妙高山由来の蝦蟇(ガマ)の妖術を使って大活躍するスーパー・キャラクターです。

 『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』は文化3年に刊行された読本『自来也説話(じらいやものがたり)』を下敷きに、天保10年から明治元年にかけて刊行された合巻で、主人公の盗賊・忍者「児雷也」、ヒロインの「綱手(つなで)」、児雷也の宿敵「大蛇丸(おろちまる)」を主役に据えた物語が展開されます。最初の作者は美図垣笑顔、その後は一筆庵主人、柳下亭種員、柳水亭種清が順に執筆するのです。全43編中28編と3分の2以上を柳下亭種員が担当しています。この柳下亭種員は全ての合巻中で最長の人気作品「白縫譚(しらぬいものがたり)」の初代作者で、人気の戯作者でした。挿絵は浮世絵で有名な歌川一門の絵師が担当しています。

 このように戯作者や絵師たちが集団で約30年もの長期にわたりつくられてきたのが『児雷也豪傑譚』です。でも、最終の第43編で物語が大団円を迎えたわけではなく、幕末・明治維新の混乱のためか、未完で刊行が途絶えたままです。この作品に基づく歌舞伎狂言児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)』は今でも公演されています。

*歌川国貞(三代豊国)「児雷也豪傑譚話」1852、慶應義塾図書館、(中央には妙香山の仙素道人が大ガマの中に座している)

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