自来也が初めて登場するのは、山東京伝や滝沢馬琴の弟子である感和亭鬼武(かんわていおにたけ)が文化3年(1806)に刊行した『自来也説話』です。読者を魅了したのが「三すくみ(さんすくみ、三竦み)」の構図です。三人が互いに得意な相手と苦手な相手を持つことで、三者とも身動きが取れなくなるのが三すくみです。つまり、AはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つ、という関係で、通常のじゃんけんのグー(石)、 チョキ(はさみ)、パー(紙)がその典型例です。「石」は「はさみ」をうち砕き、「はさみ」は「紙」を切り刻み、「紙」は「石」を包み込むという訳です。
自来也は越後の妙香山の仙人から「蝦蟇(がま)の術」を授かります。その自来也の妻は越中立山に住む蛞蝓(かつゆ)仙人から「なめくじの術」を得た美女綱手(つなで)で、最大の敵は青柳池の大蛇から生まれた大蛇丸(おろちまる)。彼は「へびの術」を使います。「蝦蟇・蛇・なめくじ」の三虫三すくみ(じゃんけん)の構図が物語の骨格をなしていて、それが読者を魅了したのです。そして、その構図は『児雷也豪傑譚』にも引き継がれます。