妙高、黒姫、そして戸隠を舞台にした児雷也奇譚(2)

 自来也が初めて登場するのは、感和亭鬼武(かんわていおにたけ)が文化3(1806)年に刊行した『自来也説話』(じらいやものがたり)です。この物語は大人気となり、様々なバージョンが登場します。1839年の美図垣笑顔(みずがきえがお)の合巻『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』では、児雷也(蝦蟇)・綱手(なめくじ)・大蛇丸(蛇)の三すくみの「じゃんけん」構図が読者を魅了します。

*この『児雷也豪傑譚』全二巻が高田衛監修、服部仁、佐藤至子編・校訂で、2015年に国書刊行会より出版されました(佐藤至子「『児雷也豪傑譚』における蛇の物語」、『日本文学』62巻4号、pp. 53-62、2013)。

 謀反で滅亡した肥後の豪族尾形氏の遺児周馬弘行は信濃に逃れ、妙香山中で蝦蟇の精霊仙素道人から妖術を授かり、義賊児雷也を名乗り、黒姫山に山塞を構え、妖術を駆使して、尾形家再興を志します。児雷也の前には大蛇から生まれた大蛇丸が現れ、怪力の美女綱手とともに、児雷也(蝦蟇)・大蛇丸(蛇)・綱手(蛞蝓)の三すくみの戦いが繰り広げられます。さらに、河竹黙阿弥児雷也豪傑譚話』(嘉永5年)として歌舞伎に脚色翻案され、多くの忍者ものの物語やキャラクターの題材となりました。

 さて、悪人役の大蛇丸は越後の青柳池で生まれています。越後の郷士松崎四郎太夫の子玉の介が女の姿で現れた青柳池の大蛇と契りを結びます。息子を心配した四郎太夫は弓で大蛇を退治しますが、これを知った玉の介は青柳池に入水自殺。退治された大蛇の腹からは赤子が出てきます。この子は後に母の仇として四郎太夫を殺害して佐渡へ渡り、強盗の首領・大蛇丸となって佐渡真野山に棲むことになります。

 妙高、黒姫、戸隠などの山々の他にも越後の各地が舞台となっています。大蛇丸は越後の青柳池で生まれていますが、その場所はかつての中頸城郡青柳村、今の上越市清里区青柳ではないかと思われます。そして、青柳池は坊ヶ池かも知れません。また、越後月影家は東頚城郡月影村、今の上越市浦川原区にあったと考えられます。佐渡には今も真野山があります。信州の金持ち富貴太郎は越後熊手屋の遊女あやめ太夫に惚れていて、児雷也の一味と間違われて召し捕られますが、打ち首の直前に児雷也によって救出されます。

 物語の展開される場所が越後、信州が中心となり、妖術を駆使したダイナミックな戦いが何度も繰り返されます。勧善懲悪を超越する超自然的な闘い自体が主題になった娯楽大作は時代を超越して人々の心を掴むようです。

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守川周重画「仙素道人 中村芝翫」1881