児雷也が活躍する舞台と構図

 妙高火山群地域には六つの火山が密集しています。飯縄、黒姫、妙高、焼山の各火山は約8km間隔でほぼ南北に配列され、斑尾山佐渡山がこの列からはずれて聳えています。このうち、南北の一直線上に配列する妙高、黒姫、飯繩の妙高三山は、この火山群の中心的存在となっています。これが児雷也らの活躍する山岳自然環境であり、中でも険しい妙高三山が児雷也たちの戦いの主戦場となっているのです。平地で集団で戦うより、ずっとダイナミックな闘いを演出できます。

 『北越奇談』巻之四には岩に間違われた大蝦蟇(がま)の話などが登場しますが、この蝦蟇とはヒキガエルのことです。アマガエルが飛び跳ねるのに対し、ヒキガエルは地を這うように歩きます。蛙は不気味で、神々しく、それでいて間抜けな特徴ももち、修験道とも関わってきました。蝦蟇は古くは平将門、そして筑波山と繋がってきました。

 近松門在衛門の浄瑠璃『傾城島原蛙合戦』によって江戸の芸能に蝦蟇の妖術が登場し出します。七草四郎から天竺徳兵衛へ、そして感和亭鬼武の『自来也説話』を通じて、『児雷也豪傑譚』で物語は一応の完成となり、それがさらに講談、歌舞伎へと繋がり、映画、漫画がその後継となりました。

 『児雷也豪傑譚』の前半部分は次のようになっています。滅亡した肥後の尾形氏の遺児周馬弘行は信濃に逃れ、妙香山中で蝦蟇の精霊仙素道人から蝦蟇の妖術を授かり、義賊児雷也を名乗り、黒姫山に住み出します。ところが、尾形家再興を目指す児雷也の前に越後青柳池の大蛇から生まれた大蛇丸が現れ、両者の間で戦いが始まるのです。そこに、蛞蝓仙人から武芸伝授を受けた怪力の美女綱手が現れ、児雷也に味方し、三竦み(さんすくみ)の戦いが繰り広げられます。

 中国の道教に登場する蝦蟇仙人が日本に伝わり、蝦蟇と大蛇の妖術を駆使した戦いが物語として洗練され、それが三竦みの戦いに結実し、人気を博して流行することになります。児雷也の流行は仏教の伝来に代表される渡来文化の流行の些細な一例に過ぎないのですが、日本の仏教にも昔話にも共通する特徴が浮かび上がってきます。それらは日本で作られたものではなく、伝来した知識、宗教に基づく変形なのです。でも、多くの場合原形より洗練された形にまで作り変えられ、固有のものと呼んで構わないほどに独自性を持っているのです。そして、これが日本の歴史、文化、宗教に共通する特徴になっているのです。

 戦いの舞台が信越の険しい山々であり、戦いの構造が三竦みになっていて、さらに、その戦いが何度も連続ドラマのように続くため、読者はその世界に引き込まれることになるのです。