北斎と広重は風景画で競い合いました。「厳しい自然」の北斎と「穏やかな自然」の広重というのが一般的な二人の違いにみえます。北斎と広重は互いに刺激し合い、北斎は風景画というジャンルをつくり、広重はその牙城に挑戦しました。最初は跳ね返されますが、「東海道五十三次」は空前の大ヒット、浮世絵の売れ行きは順調で、ビジネスとしては広重が勝利を収めました。
平成の今、湾岸地域の風景は江戸の頃とすっかり変わりました。それでも、湾岸の風景は今も昔も見応えがあります。すっかり風景は変わり、山や森、浅瀬ではなく、高層ビル、橋と道路、護岸が目につく湾岸地域ですが、それが今の東京湾の風景をつくっています。空や雲はほぼそのままですから、風景の一部は江戸の人たちと同じ風景、また別の一部はまるで異なる風景という訳です。
20世紀から「科学の世界」に関心が集まり、「知覚の世界」や「芸術の世界」はかつての輝き、主導権を随分と譲ってきました。とはいえ、そこに主従の関係を見る人だけではなく、それぞれが独立し、補完し合う世界だと思う人は意外に多く、それゆえ、互いに他を認め合う関係が今も続いています。
私たちは世界で何かを発見し、ものを消費し、喜びや悲しみを体験し、鑑賞しながら生きています。それが私たちの生活であり、私たちは飽くことなく、世界を見て、感じ、知り、愛で、その中で生きています。「雪月花」は自然を愛でる伝統的な様式ですが、そこに富士を加えれば、江戸の、そして湾岸地域の自然鑑賞の型となるのでしょう。
*画像は富士のある今の湾岸風景





