ホオズキカメムシ:幼虫と成虫

 画像はホオズキカメムシの幼虫と成虫だという結論になったのですが、そこに至るまでが大変でした。最近流行りのAIに助けを求めると、異なるAIが異なる答えを出し、しかも異なる画像に異なる答えが出され、途方に暮れてしまいました。とはいえ、結論を得るのに何年もかかった訳ではなく、たった4日で特定に至りました。

 画像から名前を知ることはAIも私たちもよく似ていて、対象の特定には正確な情報と正しい知識が不可欠です。私たちの場合、「命名すること」が直接的な知的歓びとして感じられ、時には強迫観念のように付き纏うことさえあります。今回のような、私にとって未知の対象が眼前に与えられると、その名前を兎に角知りたくなります。時には名前を知ることが目標にさえなります。私たちには眼前の対象の名前を知ることがその対象を知ることだとさえ思えるのです。そして、私たちが言葉を使い、それに頼る生き物だということをいつもの如く、思い起こすのです。対象の名前を知り、その名前を使って対象の本性を知ることができると私たちは考え、それが私たち人間の本性だと思っています。

 そんな知識に関する背景のもとで、私は懸命に未知の対象の名前を知り、その対象の名前を使って既知の対象に変えようと頑張るのです。画像の対象が画像以外に何の情報も与えられない場合と、「ホオズキカメムシ」という名前がわかっている場合、さらには「ホオズキカメムシ」の他に「ホオズキカメムシの終齢幼虫」だと知られている場合、私は対象が何かをより親密に知り、考えることができるのです。

 殺人事件の犯人を捜し出すことによってその事件を知るように、眼前の動物や植物の名前を知ることが対象を知ることに繋がっているのです。ですから、私にとっては物心ついて以来、「ホオズキカメムシ」という名前を知ること、それがホオズキカメムシを知る第一歩になっているのです。でも、誤認逮捕があるように、誤認特定もあります。ですから、最終的には確実な物的証拠が求められるのです。

*最初の二枚の画像がホオズキカメムシの成虫、最後の一枚の画像がその終齢幼虫。これが現在の私の知識だが、この知識は暫定的なもの。私が素人であるからだけでなく、ホオズキカメムシの進化史を既に知っていることなど不可能だからでもある。