私の中の卒業式

 今は大学の卒業式の時期で、昨日もすぐ近くの短大で卒業式があり、誇らしげに歩く袴姿の卒業生たちが眩しかった。今日もまた朝の散歩で偶然もっと多くの袴姿に接することになった。傍にある張り紙を見ると「上智大学」と書いてある。不思議に思い、家に帰ってチェックしてみると、有明ガーデンにある東京ガーデンシアターで午前11時から1時間30分の上智大学の合同卒業式(学部と大学院)があることが判明した。そのために10時前に卒業生たちが集まり始めていたのである。上智大学は昨年まで学部や大学院で別々に行っていた卒業式を一括処理する方式に変えたようで、会場のサイズのためか父兄は1名のみと記されていた。

 私が卒業した頃はまだ学生服姿の男子学生がおり、女子学生も押しなべて袴姿ではなく、和服やスーツが多かった。それが次第にスーツや袴が増え、卒業式には父兄だけでなく、家族までも出席するように変わってきた。大学の卒業式は欠席する学生が珍しくなかった時代から、多くが参加するものへと変わったのだが、今の学生たちが入学式や卒業式をどのように捉えているのか、正直のところ、私にはよくわからなくなっている。

 多くの女子大生の袴姿を見ながら、私の脳裏に浮かんだのは、このような大規模な卒業式の横にあった、それとは正反対の私のいた大学の通信課程の学位授与式である(大学の卒業式は正確には学位授与の式のこと)。大学の大規模な卒業式の後に、通信教育課程の卒業生300名ほどに学位記が授与されていた。通学課程は大人数なので、各卒業生には式の後に教室で専攻別に学位記が授与されていたが、通信課程の卒業生は多くなく、一人一人に通信教育部長から直接に学位記が手渡されていた。

 卒業式後に通信課程だけの懇親会が行われるのだが、会場は付属の高校の建物で、通信課程のある文経法商の卒業論文を指導した多くの教員たちが集まり、卒業生たちとの思い出が語り合われ、年齢を越えた懇談は卒業した安堵感に満たされていた。

 日本の大学の通信課程は戦後の教員資格取得のために始まるのだが、私のいた大学の学位記には通学課程、通信課程の区別がなく、どの課程の卒業かという区別はない。実際、通信課程の卒業には論文が不可欠で、卒論について通信生は指導教授と個別面接を何回か受ける必要がある(通学課程の場合、学部によっては卒論を書かなくても卒業できる)。そのためか、通信課程の場合、在籍する学生に対して卒業生数は少なくなる。

 そんなことを思い出しながら、有明ガーデンにやってきた卒業生たちを見ていると、卒業の変わらない側面、変わった側面が交錯し、卒業式など出るものかと欠席した学園紛争後の私と今の卒業生たちは一体どれほど違うのか、その違いを想像することさえ難しくなっている自分に気づかされ、変わりゆく世界の断片を肌で感じるのである。