シキミ(樒)について既に記した。シキミは古くから仏教と関わりが深く、法要や葬式などの仏事によく使われる。だが、「アニサチン」と呼ばれる猛毒を含み、植物で唯一劇物に指定されている。冥界では仏花、顕界では毒物という訳である。
シキミはマツブサ科シキミ属の常緑樹。ツバキやサザンカの葉に似て、光沢があり、高さは最大で10mほどになる。花は薄い黄色か白色で、秋から冬にかけて星形の実がつくが、この実にも毒がある。
753年に唐から鑑真が来日するが、彼は乱れていた日本の仏教を正すために朝廷が唐から呼び寄せた高僧。鑑真は五度の航海失敗と失明の不運に見舞われるが、強靱な精神力で来日し、日本の仏教制度を整え、唐招提寺を建立するなど、日本の仏教に大きな影響を与えた。鑑真がいた唐では、仏事にシキミではなく仏の青い瞳になぞらえた花「青蓮華(しょうれんげ)」の葉を使っていた。青蓮華は仏の世界「天竺」に咲くハスの花。『真俗仏事編』(1728年)には「樒の実はもと天竺より来れり。本邦へは鑑真和上の請来なり。その形天竺無熱池(むねっち)の青蓮華に似たり。故に之を取りて仏に供す」とあり、鑑真が日本にもたらしたとしているが、シキミはインドには自生せず、日本では『万葉集』にも詠われ、また洪積世から種子が出土することから、日本の自生種のようである。
鑑真が来日してから約50年後の804年、遣唐使として唐に渡ったのが空海。空海は密教を学ぶため青蓮華を求めるも見つからず、代わりに似た形のシキミを使って修行をしたと伝えられている。帰国した空海はシキミで仏事を行い、これが「シキミ=仏事」と考えられるようになった。密教では、葉を青蓮華の形にして六器に盛り、護摩の時は房花に用い、柄香炉としても用いている。
シキミの最大の特徴は有毒であることで、葉や茎、花、種子、根にいたるまで神経毒のアニサチン、ネオアニサチンを含み、口にすると嘔吐や下痢、けいれんが起こり、最悪の場合、死に至る。だが、「香の木」と呼ばれるほど葉や樹皮に独特の強い芳香性がある。この強い毒と香りこそが仏事に使われてきた理由である。動物にとっても有害で、そのため害獣除けとして、荒らされやすい墓地に植えられるようになった。さらに、シキミの強い香りには場を清める効果があると考えられ、邪気払いや死臭を消す目的からシキミを遺体の枕元に供えたり、納骨の時に棺の中に敷き詰めたり、葉や樹皮から精油をとって線香や抹香の原料にしたりした。
神事においてはサカキ(榊)が使われる。サカキとシキミは一見似ているが、サカキは無毒無臭、葉の形も違い、全く違う植物。だが、平安時代以前、シキミは神事にも盛んに使われていたようである。サカキには強い香りがないため、シキミも神事用に使われ、榊と呼ばれていた。シキミとサカキが仏事と神事に分かれたのは仏教が一般化した平安時代以降で、明治時代に神仏分離令が出て、この傾向がさらに広まった。
村上鬼城 花活に 樒の花の 淋しいぞ

