「依り代(よりしろ)」は神霊や精霊が一時的に宿る対象のことで、神社の御神木や鏡、石、あるいは人間自身も依り代となり、自然の木、岩、山、川などは古代から神の宿る場と考えられてきました。また、人工的な鏡、剣、勾玉などの神器、祭具や仏像も依り代となります。さらに、人間や動物も依り代となり、巫女やシャーマンが神霊を憑依させる例は世界各地にあります。祝詞、舞、絵画、詩なども依り代となります。
では、何でも依り代になれるのでしょうか。確かに「神霊が宿る」と信じられれば、何でも依り代になることができます。でも、依り代になるためには共同体や文化の中で認められる必要があります。依り代は「日常のもの」と「神聖なもの」の境界をつなぐ役割をもっています。ですから、何でも依り代になれるわけではなく、選ばれたものだけが「媒介」となり得るのです。つまり、何でも依り代になれるのですが、文化的・共同体的な文脈がそれを決めてきたのです。形なき存在である神を人間が認識し、交流するための「媒介」として依り代は機能するのです。
神道では神は形を持たない存在で、私たちの目に見えず、触れることもできない存在です。そのままでは人が祈りや儀式を行う対象を定められません。依り代は神が「宿る場」を提供し、信仰を可視化するのです。依り代は神道や民間信仰において、神霊や精霊が一時的に宿る対象物を指します。依り代は目に見えない存在を可視化するための媒介であり、として。文化的には「境界をつなぐもの」として、都市と自然、人と神、現世と異界を結ぶ役割を果たします。
玉串は神霊の依り代の一つで、神霊が寄り付くもの、宿るものです。神の依代である玉串に祈りを込めて捧げることで、祀られている神と祀る人との霊性を仲立ちするという役割を果たしています。玉串は緑の葉が不可欠か。玉串には緑の葉が不可欠です。玉串は神前に捧げる榊の枝であり、榊は一年中青々とした常緑樹であることが重要です。緑の葉は生命力と清浄を象徴し、神霊の依代としての役割を果たします。玉串は榊の枝に紙垂(しで)や麻を結びつけたものです。榊は「木+神」と書くように、神事に特別な木とされます。また、神籬(ひもろぎ)は神道において神様を招くための特別な場所や設備のことを指します。具体的には、常緑樹、特に榊(さかき)を立てて、その周りを注連縄(しめなわ)で囲んで作られます。神籬は、自然の中に神を見出す日本古来の信仰と深く結びついています。
「真榊(まさかき)」は神事に用いられる植物である「榊(さかき)」に接頭語の「真」がついた言葉です。真榊は、神事の際に祭壇の左右に立てられる祭具です。榊の枝に青、黄、赤、白、紫の五色絹の幟(のぼり)を垂らし、向かって右側には鏡と勾玉、左側には剣を掛けたものです。これらの五色絹は、陰陽五行説における天地万物の要素を表しています。
サカキは神前に供える正統な枝葉で、マサキやヒサカキは代用や補助的な役割を担います。いずれも日本に自生する木で、神事に用いられるという共通点がありますが、植物学的には異なる種類です。

