秋の七草

 『万葉集』で山上憶良が「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」、「萩の花 尾花葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花」と詠み、七草を選び出した。列記し直せば、萩(はぎ)の花、尾花(おばな)、葛花(くずばな)、撫子(なでしこ)の花、女郎花(おみなえし)、また藤袴(ふじばかま)、朝顔(あさがお)の花である。

 これらの花のうち、萩は一種類の植物ではなく、ヤマハギやマルバハギなどのハギ類のこと、尾花はススキ、撫子はカワラナデシコのこと。また、朝顔は今でいうアサガオではなく、キキョウのこと。秋の七草は、遠い昔から最近まで、私たちの身近にあって親しまれてきた野草。だが、今ではキキョウやフジバカマは絶滅しそうな植物になっている。その主な原因は、開発や手入れ不足などで草原が減ってしまったことにある。いずれ「秋の五草」になってしまいそうである。

 湾岸地域にはマメ科ヤマハギ(山萩)やミヤギノハギ(宮城野萩)がよく植えられている。『万葉集』にもハギを詠んだ歌が130首以上収められている。だが、ハギは草ではなく木。密集した枝にこまやかな花がたくさん咲くが、咲く花は直径1㎝程度の小さな蝶形で、マメ科の花の特徴をもっている。

 ススキはイネ科ススキ属の植物。尾花(おばな)、茅(かや、「萱」とも書く)とも呼ばれ、有用植物の主要な一種。かつて茅は農家で茅葺(かやぶき)屋根の材料に用いられ、家畜の餌として利用されていた。そのため、集落の近くに刈り入れをするススキの草原があり、これを茅場(かやば)と呼んでいた。この茅場を焼くのが茅場焼きで、それが妙高市の今の「艸原祭」(大かやば焼き(火文字))。

 クズは蔓性の半低木で、山野で普通に見られる。基部は木質、上部は草質となり、長さ10mにも達し、時には周りの木を蔓で覆ってしまう。根は長大で、多量の澱粉を蓄え、主根は長さ1.5m、径約20cmに達する。紅紫色の花をつけるクズは『万葉集』や『古今和歌集』にも登場し、古くから人々に親しまれてきた。また、根を乾燥した葛根(かっこん)は漢方で解熱薬として利用されてきた。クズの根から葛粉をつくるのは手間のかかる作業だが、クズの葉や蔓、葛根、クズの花、葛粉、そして葛切りと、クズは様々に姿を変えて、私たちの生活に結びついてきた。

 ナデシコ(撫子、瞿麦、牛麦)はナデシコ属のカワラナデシコの異名で、その仲間のダイアンサス属は世界に約300種が分布している。その名前は「我が子を撫(な)でる」ようにかわいい花ということに由来。花の縁がこまかく切れ込んでいるのがカワラナデシコの特徴である。

 オミナエシも日本では古くから親しまれてきた。9月に入り、オミナエシの黄色の花が目立つ。ヒマワリの黄色とオミナエシの黄色が違う色である筈はないのだが、多くの日本人はヒマワリには夏を、オミナエシには秋を感じるようである。『万葉集』で色々な漢字をあてられていたオミナエシ平安時代から「女郎花」に統一された。女郎はもともと大伴家持と交渉があった笠女郎(いらつめ),紀女郎、中臣女郎のように、由緒ある家柄、身分の高い女性の尊称とされていた。

 フジバカマ(藤袴)はキク科の多年生植物。近くの公園の花壇にオミナエシと共に咲いている。夏の終わりから秋の初め、茎の先端に直径5mmほどの小さな花を、長さ10cm前後の房状に多数咲かせる。自生地では密生した群落になるが、現在の日本では激減し、絶滅危惧種となっている。現在フジバカマとして流通しているものは、絶滅危惧種のフジバカマではなく、育てやすい近縁種。

 漢名の「桔梗」を音読みすると、「ききょう」で、花の色は紫、青、または白。その清楚な姿や色から武士たちに好まれたようで、家紋として使われ、江戸城には「ききょうの間」や「桔梗門」などがある。『万葉集』の「あさがお」は、この桔梗だと言われている。実際、桔梗咲朝顔(キキョウザキアサガオ)というアサガオまである。キキョウといえば、星形に開く一重咲きがまず思い浮かぶが、今では八重咲のキキョウが栽培され、「斑(ふ)入り」のキキョウもある。

*七つの画像は秋の七草