量子力学の私的な再確認

 量子力学とはどんな物理学なのか。簡単には、どのように物事がうまく働き、世界が成り立っているかを説明する物理学。物事が存在し、うまく働いていることの説明は、物質を構成する粒子の本性と、それらが相互作用する力について理解することにあり、量子力学はそのために私たちが現在もっている最善の説明。

 量子力学は、原子がどのように存在し、うまく働くか、そしてそれによって化学と生物学がどのようにうまく成り立っているかを基礎づける理論。少なくともあるレベルで、私たちはみな量子力学の主張に合致するように振る舞っている。電子がコンピューターチップを通じてどのように動くか、光子が太陽電池パネルの中でどのように電流に変わるか、または太陽がどのように燃え続けるか、それらのいずれを説明するにも私たちは量子力学を使わなければならない。

 だが、難しさはそこから始まる。形式的な数学的語彙をしっかり備えた量子力学は、1920年代にボーア、ハイゼンベルクシュレーディンガー、そして、フォン・ノイマンらによってつくり上げられた。その理論は、単一の粒子または少数の粒子の位置や運動量が時間的にどのように変化するかといった単純な事柄を描写し、説明することができる。

 しかし、実際の世界で物事がどのように存在し、働くかを理解するには、量子力学を物理学の他の要素(主に、事物が非常に速く移動すると何が起こるかを説明するアインシュタイン特殊相対性理論)と組み合わせて、量子場の理論と呼ばれているものをつくり上げる必要がある。三つの異なる量子場の理論は、物質が相互作用する四つの基本的な力のうちの三つを扱っている。それらは、原子がどのように一緒になるかを説明する電磁気力、原子の中心にある核の安定性を説明する強力な核力、そして、原子の一部が放射性崩壊を起こす理由を説明する弱い核力である。

 これまでこれら三つの理論は、素粒子物理学の「標準モデル」としてまとめられてきた。このモデルは粘着テープでつなぎ合わされているという印象がもたれているが、これはこれまでに考案された物質の基本的な働きの最も正確にテストされた描像を提供してくれる。その最高の栄光は、2012年にヒッグス粒子の発見によってもたらされた。ヒッグス粒子は、他のすべての基本粒子に質量を与え、その存在は1964年まで遡る量子場の理論に基づいて予測された。

 従来の量子場の理論は、最小スケールで物質を探索する。だが、多くの難解な状況で物事がどのように働くかを理解したい場合、数十億の相互作用が登場することになり、「実効的な場の理論」を開発しなければならない。そのような理論を構築することが難しいため、固体物理学における多くの重要な疑問が未解決のままになっている。例えば、物体の中には低温では電気抵抗なしで電流を流す超伝導体になるものがあるのか、そしてこの仕組みをを室温で動作させることがなぜできないのか、今のところわからない。

 これらすべての実用的な問題の背後に、量子についての大きな謎が横たわっている。基本的なレベルで量子力学は、物質がどのように働くかについて現実の世界での働き方とは合致しないことを予測している。量子という粒子は、単一の場所にある粒子のように振る舞うことができる。あるいは、それらは波のように振る舞い、空間全体または一度に幾つもの場所に分布できる。また、それらがどのように見えるかは、それらをどのように測定するかによって決まり、測定する前に確定した性質をもっていないように思われる。つまり、それは「実在するとは何か」について根本的な難問を提供している。

 この曖昧さは、「シュレーディンガーの猫」のような誰の目にも明らかなパラドックスにつながり、不確定な量子過程が存在するせいで、猫が死んだままであると同時に生きたままにもなっている。こんな状態は古典的な物理過程にはない。だが、それだけではない。量子という粒子は、互いに遠く離れていても、瞬時に互いに影響を与えることができる。この言葉巧みに人を騙すようにしか見えない現象は「量子もつれ」として知られている。あるいは、量子力学の偉大な批判者であるアインシュタインの謂い回しによれば、「不気味な遠隔作用」(非局所相関)である。このような量子の力は私たちには完全に異様としか思えないものだが、何と超安全な量子暗号や超強力な量子計算などの新技術の基礎となっているのである。

 しかし、それらすべてが何を意味するかについては、今のところ誰も知らない。ある人は、量子物理学が物質世界を説明するのは、より大きな「古典的な」世界での経験を公正に扱うことは不可能だと認めるだけだと考える。他の人は、私たちがまだ発見していない、より良い、より直感的な理論があるはずだと考える。

 これでは正に支離滅裂で、こうなると、否応なしに私たちの好奇心は高まるしかない。