*釈迦はガウタマ・シッダールタ(パーリ語ではゴータマ・シッダッタ)のことで、彼は2500年前頃に生まれた、ネパール西南部の釈迦族の国の王子です。釈迦をブッダ(仏陀)とも呼びますが、悟りを得た人がブッダですから、釈迦はブッダの一人です。
<大乗仏教運動の改革者たちの主張とその理想像>
大乗仏教運動の宗教改革者たちが、伝統的仏教の何に反逆したのでしょうか?伝統的仏教の僧たちは自らの修業と悟りを究極的な目的にしていて、大衆の救いに関心を持たなかったところにあります。新しい経典の作者たちは、自分自身の救いを後回しにしても大衆の救いの為に生きる、そういう仏教徒としての期待される理想像を求めたのです。そして、その理想像が菩薩でした。
菩薩は悟ってブッダになる前の求道者のことですが、新しく創作された大乗経典の中で大衆の救いのために生きる理想的ヒーローとして登場します。観音菩薩や弥勒菩薩、何百何千の菩薩が大乗教典で語られるのです。そして、それらすべては創作された架空のヒーローなのです。真の求道者とはいかにあるべきかを示す理想像として菩薩たちが活躍する一連の創作物語、それが大乗経典です。例えば、初期の大乗経典である『金剛般若経』では、菩薩(=真の求道者)は生けるものすべてを救うために生きていても、自分が誰かを救っているなどと意識しない人として登場します。そういう菩薩の姿を理想的な修行者として描くことによって、修行者自らの悟りに専念する伝統的仏教を批判し、仏教を改革しようとしたのです。
『維摩経』という大乗経典では、維摩という在家信者が病気なので、ブッダ(釈迦)がその弟子たちに見舞いに行くように勧めるのですが、誰も見舞いに行きたがらない。それで、最後に、文殊という名前の菩薩が見舞いに行く、という物語です。ここでは、菩薩を「人々が苦しんでいるという理由だけで苦しんでいる病人」と表現することによって、大乗の新しい修行者の理想像を語っています。『法華経』でも、同様に、自らの悟りではなく、人々の救いが対象になります。
伝統的な仏教ではブッダの教えは悟りに達することが最終的な目的です。ブッダの教えは、苦の原因を知り尽くし、それに執着しないことから、苦からの解放を得る道です。それは苦を作りだしていた原因に対する迷妄からの解放です。それがブッダの悟りなのですが、『法華経』はそれではまだ「この上なく勝れた」悟りに達しているとはいえないと言うのです。では、「この上なく勝れた」悟りとは一体どのような悟りなのでしょうか。
『法華経』においても、他の大乗経典と同じように、理想の修行者は自ら苦から解放され、悟りと平安の境地にとどまっている人ではなく、立ち上がって、「神々と世間の人々の幸福のために」、「多くの人間を苦しみから解放させる」ため、「すべての人々の安楽の基となる」ブッダの教えを説き示す人です。これが、単なる「悟り」を超えた「この上なく勝れた」悟りという訳です。
このように、大乗仏教の宗教改革者たちは、自分の救い求めるのではなく、生きるものすべての救いを求める人を求道者の理想像=菩薩としたのです。そして、その新しい教えを「大乗」、すなわち、たくさんの人々を救うための大きく勝れた乗物(菩薩乗)と呼んだのです。
<ブッダの教えと大衆の迷信>
いつでもどこでも人々は迷信を信じてきました。それは、仏教も同じです。ブッダが死んだあと、弟子たちはその教えを守り、修業しました。しかし、一般大衆はブッダの教えを学び、厳しく修業したりするより、むしろ、ブッダの骨を収める仏舎利塔にお参りすることで済まそうとしました。ブッダの教えは理路整然としていて、それは、苦の原因を追及し、それを取り除くことによって苦からの解放を得るというものでした。そのため、ブッダは祈祷やまじないを一切否定しました。ところが、大衆の救いに大きな関心を持つ大乗仏教の改革者たちは、大衆の迷信を否定せず、それもブッダの教えと同じように積極的に受容し、利用したのです。
これは大乗仏教に特徴的な性質で、伝統的仏教にはほとんど見ることができないものでした。しかも、後代の大乗経典になるほど、この大衆の迷信を受容する傾向が強くなります。やがて、仏像をつくってそれを拝むことが受容され、最後期の大乗教典(密教)では、ブッダが明白に否定したさまざまな迷信、呪文(真言)や「火をたく護摩の術」さえも受容されることになります。
このように、大衆の救いに特別の関心を持つ大乗仏教の改革者たちは、ブッダが否定したさまざまな迷信を否定するどころか、むしろそれを積極的に受け入れ、それによって大衆が救われることを主張したのです。そして、それを正当化するために、新しい経典(大乗経典)をつくったのです。
<巧みな方便>
大乗経典は宗教文学です。文学は創作ですが、文学は人を騙すための創作、嘘ではなく、それを通じて作者のメッセージを伝える物語です。大乗経典はブッダが教えたという伝統的仏教経典の形式を使って、ブッダや菩薩を主役として登場させた創作物語です。それは、ブッダの思想を継承し、ブッダが語らなかった真理を語ろうとする物語作品です。
では、大乗仏教の改革者たちは、どのような根拠でブッダの教えでないものをブッダの教えとして新しい経典を次々に創作することができたのでしょうか。その答えの一つが、「ウパーヤ、巧みな方便」という大乗仏教を特徴づける思想にあります。大衆を救わんとする諸仏や菩薩に備わっているとされる救済のための巧みな技術が方便です。彼らは実に革命的なことを考え出したのです。つまり、大衆が簡単に受け入れる仏舎利塔信仰、仏像信仰、経典信仰などの迷信を、単に迷信であるとして捨てずに、それらを、大衆でさえも仏教の道に入ることができるようにと、秘かに企てられたブッダの巧みな手だて(方便)であると解釈したのです。
<大乗はブッダの教えを否定する?>
悲しみや苦しみからの解放は、その原因や条件を知り、それらを取り除くことによって達成される、とブッダは考え、人間の悲しみや苦しみからの解放のための迷信(神々への祈祷や祭祀や呪文等々)はすべて捨てるよう説きました。これこそが原始仏典に伝え残されたブッダの教えでした。したがって、『法華経』などの大乗の諸経典が、ブッダの遺骨に供え物を捧げるだけで(仏舎利塔信仰)、仏像を作りそれに礼拝するだけで(仏像信仰)、あるいは経典の一節や題目を唱えるだけで(経典信仰)、最高の悟りに至ることができるなどという迷信を認め、それらを取り入れたことは、ブッダの本来の教えを否定することを意味しています。
そこで、ブッダの教えを否定する彼らの新しい思想こそが実は「ブッダのより勝れた教え(大乗)であり、伝統的仏教は、ブッダの教えを理解できない大衆を救う心も技術も持たない劣った人々のための仮の、方便としての教え(小乗)だった」という巧みな手だて(方便)を考えついたのです。これが、大乗仏教がブッダの教えを否定していても、ブッダの教えである、と主張するために、彼らが考え出した正当化の方便なのです。
<なぜ、ブッダの教えでないものがブッダの道へ導くものとなるのか>
しかし、大衆の救いのためとは言え、そんな大衆迎合的な、現在ならポピュリスト宗教と揶揄されるような主張が許されるのでしょうか。その主張は「ウソではない」というのが大乗仏教運動の改革者たちの確信でした。では、いかにして、本来のブッダの教えでないものが、ブッダの道に入ることになるのでしょうか。本来のブッダの教えでなくても、それを受け入れることが、本来のブッダの教えに導かれる何らかの縁となるならば、それは、究極的にブッダへの道と重なるのだから、それもブッダの教えである、というのが彼らの主張です。仏舎利塔や仏像を造り、それらを礼拝すること自体は、ブッダが教えたように人を悟りに至らせるものではありません。しかし、仏舎利信仰や仏像礼拝はブッダへの尊敬心を育み、やがて、人の心の中に、「ブッダとは誰?」「ブッダの教えとは何?」という問いを生む因縁になる筈です。同じように、『法華経』の経典の名前(『妙法蓮華経』)やその他の呪文を唱えること自体は、ブッダが教えたように、人を悟りに至らせるものではありません。こんなものは迷信であって、本来のブッダの教えとは何の関係もありません。しかし、経典の名前を唱える行為は経典やブッダに対する尊敬心を育み、やがて、人に「その経典には何が書いてあるのか?」「呪文の意味は何か?」というような問いを生む因縁になることでしょう。
心の中に、「ブッダとは何か」、「ブッダは何を教えたのか」等々の問いが生まれるとき、人はブッダの悟りへの道へと既に一歩踏み出しているのです。菩薩の巧みな手だては、こうして、ブッダの本来の教えを受け入れることのできない「劣った人々」をも、ブッダの道へと誘い出すのです。そこに「大きくてすぐれた乗物」を主張する面目があります。
<縁起の法と一乗思想と永遠のブッダ>
ブッダの教えでないもの、ブッダが否定した事柄さえ、ブッダの道へと導きうるという主張を可能としているものは、もちろん、世界の諸現象が縁起(依存して起こる)関係にあるからです。迷信は迷信、ブッダの教えはブッダの教え、とそれぞれが無関係に自立自存していれば、一方から他方への移行は不可能です。つまり、世界が依存関係や因果関係によって成り立っているのでなければ、仏舎利信仰やら仏像礼拝やら経典信仰等々の迷信が、ブッダの本来の教えへの因縁とはなり得ません。種々の教えは、実のところ、ブッダの教えの一つである、という『法華経』の一乗思想は、この仏教の中心思想である縁起の思想によって裏付けられているのです。