暑さが続いていても、サルスベリは元気に花をつけている。そのサルスベリの花を言葉で述べてみるとどうなるだろうか。サルスベリの花は円錐花序の集合花で、萼片は筒状で6裂し、縮れている花びらは6枚、雄しべは多数あって、長く伸びるのは外側の6本、雌しべが1本(花びらや雄しべが7枚、7本のものもある)。なお、花の中央にあるたくさんの雄しべの黄色い葯と花粉は昆虫を呼び込むためのもので、受粉用の花粉は長く伸びている外側の雄しべの濃紅色の葯から出る。長い雄しべでは虫の体に花粉をつけるため、すべての葯が下向きになっている。何とも味気ないが、サルスベリの適応のカラクリはわかる。
従って、サルスベリの花には、従って、雄しべが2種類あることになる。サルスベリの花の中心の黄色のかたまり、これが最初の種類の雄しべ。次はその周りを囲んでいる6本の長い雄しべ。黄色い雄しべは昆虫たち(ミツバチなど)を色で呼び寄せる。昆虫が黄色い雄しべの葯を食べると、その背中に周りの長い雄しべの花粉がつく。そして、1本長く伸びているのが雌しべで、下向きについている雌しべの先端にミツバチが触れることで受粉するという訳である。
受精に役立つのは、目立たない長い雄しべが出す花粉だけで、短くて目立つ雄しべは花粉は出すが、それは肝心の染色体(DNA)を含んでいない見かけ倒しのニセ花粉。それは虫をおびき寄せるための偽物の雄しべで、「雄しべモドキ」、「飾り雄しべ」という訳である。しかも、この黄色い雄しべは長い雄しべに比べて栄養価に富んでいて、それを虫たちも知っていて、黄色い雄しべに集まってくる。
こうしてサルスベリの花の見事な生存戦略に舌を巻くことになるのだが、このストーリーはそのような物語が背後にあると、「二つの雄しべ作戦」としてサルスベリの花の構造を尤もらしく説明できるからである。だが、これが科学的な説明かと問われると、数理的な説明とも実証的な説明とも違っている。私たちは原因と結果からなる因果的で、辻褄の合った説明が好きであり、自らの人生さえそのような説明によって理解している。私たちは自分の世界は因果応報、輪廻転生、万物流転の物語の世界だと思ってきた。そして、適応戦略はそのような説明の一つなのである。
上記のサルスベリの花の説明を標準的な花の説明と比較した場合、サルスベリが非標準的になった理由を特定できるだろうか。そんな問いを発すると、人のつくったシナリオはいつも不完全で、暫定的であることが頭をよぎるのである。