サルスベリの花の戦略

 湾岸地域にはサルスベリ百日紅、猿滑)が多く、公園だけでなく、街路樹としても植えられ、それらが今咲いている。色も赤、ピンク、白と賑やかで、最近は矮性の園芸種もあちこちで咲いている(画像はその矮性種)。

 和名のサルスベリは、古い樹皮のコルク層が剥がれ落ち、新しいすべすべした感触の樹皮が表面に現れ、サルが登ろうとしても、滑ってしまうことから、命名された。サルスベリは中国南部を原産とし、梅雨明けから初秋までの長い間花を楽しむことができるため「百日紅(ヒャクジッコウ)」という別名があるが、実際の花期は2か月ほど。日本へ渡来したのは元禄年間以前。幹の表面がヒメシャラやナツツバキに似ているため、当初は主に寺院に植栽された。そのためか、私のサルスベリの最初の記憶も家の近くの寺院の木だった。

 サルスベリの花を少々詳しく観察すると、円錐花序の集合花で、萼片は筒状で6裂し、縮れている花びらは6枚、雄しべは多数あり、長く伸びるのは外側の6本、雌しべが1本。なお、花の中央にあるたくさんの雄しべの黄色い葯と花粉は昆虫を呼び込むためで、受粉用の花粉は長く伸びている外側の雄しべの濃紅色の葯から出る。長い雄しべでは虫の体に花粉をつけるため、すべての葯が下向きになっている。つまり、サルスベリの花には雄しべが2種類ある。サルスベリの花の中心の黄色のかたまり、これが最初の種類の雄しべ。次はその周りを囲んでいる6本の長い雄しべ。そして、この2種類の雄しべはそれぞれ違う役割をもっている。黄色い雄しべはミツバチなどを色で呼び寄せる。昆虫が黄色い雄しべの葯を食べると、その背中に周りの長い雄しべの花粉がつく。そして、1本長く伸びているのが雌しべで、下向きについている雌しべの先端にミツバチが触れて受粉するという訳である。

 受精に役立つのは、目立たない長い雄しべが出す花粉だけで、短くて目立つ雄しべは花粉は出すが、それは肝心の染色体(DNA)を含んでいない見かけ倒しのニセ花粉。それは虫をおびき寄せるための偽物の雄しべで、「雄しべモドキ」、「飾り雄しべ」である。しかも、この黄色い雄しべは長い雄しべより栄養価に富み、虫たちもそれを知っている。

 こうして、私たちはサルスベリの花の見事な生存戦略に舌を巻くことになる。「二つの雄しべ作戦」としてサルスベリの花の構造を説明できるのだが、これが科学的な説明かと問われると、それは数学的な説明とも実証的な説明とも違っている。私たちは物語、ストーリーによって原因と結果からなる因果的で、辻褄の合った(適応的な)説明が好きであり、自らの人生さえそのような説明によって理解している。