クモの巣と隠れ帯

 「クモが出すのは糸、クモがつくるのは巣、クモがかけるのは網」というのが常識的な言葉遣いなのだろうが、日常生活で私たちはクモの糸、巣、網を律義に使い分けているだろうか。クモが嫌いな私など「クモの巣」ですべて済ませてきたような気がしてならない。振り返っても、単語の遣い方の区別をしてきた自覚がとんとないのである。

 「クモの巣」はクモの棲家で、獲物を捕るための網とは違う筈だが、それも「クモの巣」と言う場合が多い。クモは網の上に住んでいるものもいれば、網の傍らに住居を作って隠れているものもいる。例えば、コクサグモは棚状で枝葉に15-30センチの網を張る。自らはトンネル状の巣穴にいて、棚状の網に迷い込んだ昆虫を捕らえる。クモの糸は粘りず、迷い込んだ昆虫の振動を感じて、巣から飛び出してきて獲物をとらえる。クモ嫌いは、糸、巣、網の何であれ、さっさと取り除いてしまう。「蜘蛛の巣を払う」も「蜘蛛の網を取る」も掃除する、綺麗にすることに変わりない。クモの巣、網は英語ではいずれもspider's web、クモの糸はspider's silk。

 そんな哲学談義を離れ、私の好奇心を呼び起こしたのがクモの「隠れ帯」。隠れ帯は個体差、成長段階、満腹度合など、さまざま条件によって模様が変わる。ナガコガネグモの幼体は、自分の居場所の周りに隠れ帯をつける。ナガコガネグモの円網の中央には,太い白帯がついている。ナガコガネグモだけではなく、コガネグモやゴミグモ,ウズグモの網にも白帯が見られる。このような白帯を「隠れ帯」と命名したのは日本のクモ学の先駆者岸田久吉。この名前には白帯がクモの体を天敵の目から効果的に隠しているという意味がある(隠蔽説)。だが、本当にクモを隠しているかどうかは疑問。隠すのではなく、網を破られないように鳥にアピールしているのだ(強調説、補強説、調整説)とか、体を実際より大きく見せて敵を威かくするのだ(威嚇説)とか、実に様々。白帯の意義については多くの考察がされてきたが,実験による証拠を欠いていた。

 白帯の実験について、1990年にユニークな研究が発表された(C. L. Craig and G. D. Bernard, Insect Attraction to Ultraviolet-Reflecting Spider Webs and Web Decorations, Ecology, Vol. 71, Issue 2, April, 1990, 616-23.)。論文ではコガネグモの白帯が紫外線を反射していることと、網自体は紫外線をほとんど反射しないこと、白帯があるほど網に昆虫がよくかかること(誘引説)が証明された。白帯だけでなく、クモの体も紫外線を反射することによって昆虫を誘引しているという結果は意外なものだった。
 ナガコガネグモは大人になると縦線の白帯が増える。私が見たナガコガネグモの白帯も、最初のものは四角な白域であり、それが3日も経つと白帯に変わって、貴重な観察結果となった。これで少しはクモ嫌いが直るといいのだが…

f:id:huukyou:20200702040158j:plain

コクサグモ

f:id:huukyou:20200702040240j:plain

ナガコガネグモ

f:id:huukyou:20200702040330j:plain

f:id:huukyou:20200702040349j:plain