私の野菊像

 「野菊の如き君なりき」は1955年に公開された日本映画。木下惠介監督・脚本で、原作は伊藤左千夫の『野菊の墓』(底本:「日本文学全集別巻1 現代名作集」河出書房、1969、初出「ホトトギス」1906(明治39)年1月)。

 野菊はキク科の野生の植物の総称だが、タンポポ、ヒマワリ、アキノキリンソウなどは野菊と呼ばれない。キク科のノボロギク(野襤褸菊)は「野に生えるボロギク」で、ボロギクとはサワギクのこと。ノボロギクは世界中に広く分布する。日本では明治初期にヨーロッパから入り、一般の畑や果樹園によく見られ、道端や空き地にも自生している。黄色い花と、花穂の下の方に黒いギザギザのような小さい受け皿部分があるのが特徴。

 ところで、動物のように自分で動くことのできない植物にとっては、種子が生息範囲を広げる手段。根に縛られない自由な形で、転がったり、水に浮いたり、鳥に食べられたりして移動する。ノゲシタンポポ、ノボロギクはその手段として、風に飛ばされる方法を選んだ。花が終わったタンポポは一度花を閉じ、茎が地面際に倒れこむようになり、その間に種子を作り、綿毛を作る。綿毛ができ、種子を飛ばす準備ができたタンポポは再び、茎を立ち上がらせる。遠くまで飛ばすために茎を伸ばし、綿毛を開く。

 さて、私にとって野菊は何とも苦手な対象で、サクラの方がずっと気楽に付き合える気がしている。例えば、野菊の中の端にあるのがボロギク。パイオニア植物のダンドボロギク(段戸襤褸菊)の英名はfire weed。その意味は「山火事の後、他の植物よりも早く生える雑草」。ノボロギク(野襤褸菊)も同じ帰化植物で、共に花の後に真っ白な綿毛をつける(画像)。花びらのない黄色い花が特徴。

 菊も桜も日本人には国花に近いが、二つの違いを考え出すと、途端に厄介なことになる。「野菊の如き君なりき」の野菊は一体どんな菊なのか?これが私の単純な疑問(蛇足ながら、松田聖子主演の映画「野菊の墓」が1981年に公開され、山口百恵も「野菊の墓」を歌っている)。

 映画「野菊の如き君なりき」のあらすじを述べておこう。政夫と民子は従妹同士で、政夫が15、民子が17のとき、二人に恋が芽生える。だが、二人の思いは遂げられず、政夫は町の中学へ、民子は嫁いでいく。数年後、帰省した政夫は、民子が自分の写真と手紙を胸に死んだと知る。明治時代の信州の山河を背景に、身分の違いゆえに、叶わず散った少年と年上の少女の悲恋が73歳になった老人の回想形式で映画は進む。

 一般にノギクと呼ばれる多くのものはヨメナノコンギクで、本当のキクの仲間ではない。野生のキクの花色は白や黄色が多く、花にはキク特有の芳香がある。本来のキクとなれば、丹精こめて栽培され、菊花展に出品され、菊人形となる。抒情的過ぎる小説(と映画)のためか、ノギクはか弱く、儚い印象を与えるが、山野のどこであれ、実は逞しく、野生的なのがノギク。ノコンギクは野性のキクの特徴として生命力に満ちている。

 小説や映画の「野菊」の種類の特定がままならず、ぼんやりしたままなのは「野薔薇」によく似ている。ノイバラ(野茨)が日本の野生のバラであり、ノコンギクが日本の野生のキクであり、それらが野生のバラやキクの代表であるという事情は重なり合う。高貴なバラやキクと、野生のバラやキクとは共に人と植物の込み入った共生のしがらみを見事に表している。

ノボロギク

ノボロギク

ノコンギク

ルリヒナギク