高妻山の修験「道」

 NHK「にっぽん百名山」の「高妻山」は修験道で有名な戸隠山の中の一つ。広義の戸隠山は戸隠表山、西岳、高妻山を含む一連の岩山ですが、その中で群を抜いて高いのが高妻山です。高妻山日本百名山に選ばれていて、長野、新潟の両県にまたがる戸隠連峰の中では最も高く、標高は2353mです。

高妻山の読み方は「たかつまやま」なのか「たかづまやま」なのか、両方の読み方が併存していて、私にはよくわかりません。近くの乙妻山の読み方も「おとつまやま」なのか「おとづまやま」なのか、やはりわかりません。いずれの山も妙高市長野市にまたがっています。

 高妻山は古くから信仰の対象で、平安時代から江戸時代までは、険しい山を歩き通す入峰修行がよく行われていました。修行のための山道の13の場所には数字と仏の名前を組み合わせた地名が付けられていて、そのいくつかには石祠が安置されています。最初に出合う一不動は戸隠表山と戸隠裏山の鞍部にあり、そこから二釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵、六弥勒、七薬師、八観音、九勢至と設けられ、高妻山の山頂手前は十阿弥陀で、立派な銅鏡も祀られています。修験の道のりは更に続き、十一阿閦(あしゅく)、十二大日、そして乙妻山は「十三虚空蔵(こくうぞう)」です。

 修験道は森羅万象に命や神霊が宿るとする古神道に仏教が習合し、密教などの要素も加わり、出来上がりました。日本各地の霊山を修行の場とし、深山幽谷で厳しい修行を行うことによって「験力(げんりき)」を得て、衆生の救済を目指す実践的な宗教です。 この山岳修行者のことを修験者、または山に伏して修行する姿から「山伏」と呼びます。修験は「修行得験」または「実修実験」の略語です。

**妙高市の大鹿出身の修那羅大天武の「修那羅」は梵語で石を意味する「アシュナ」 (ashu-na) の略音「シュナ」と、チベット語で峠を意味する「ラ」との合成語であり、「石峠」を意味します。また、「須那羅」は現在の朝鮮半島南部の地にあった国で、その国の人々が渡来し、信濃に定着し、故国の名をつけたと言われています。