天狗、鬼、山姥について述べてきました。それらについての研究は膨大ですが、一冊だけ読んでほしい本があります。それが『鬼の研究』です。
歌人馬場あき子氏が形は鬼なれども、心は人なる鬼に惹かれて研究したのが本書で、中世日本では既に鬼の時代は過ぎ去り、鬼はかつて王朝時の冥界に生きた存在であり、反体制的破壊者とでもいうべき人たちの怨霊でした。人間的な鬼、土俗的な鬼、仏教的な鬼が混然と共存し、数限りない妖怪譚が生まれたのが平安期だったのです。
馬場氏は1928(昭和3)年、東京生まれ。日本芸術院会員であり、文化功労者。私の好きな彼女の歌を挙げておきます。
われのおに おとろえはてて かなしけれ おんなとなりて いとをつむげり
衰えし 魂ひとつ さすらわん 夕日浄土の ふるさとの山
(この歌は私自身と重なります。)
本書は随分昔の本ですが、彼女の子供時代に鬼畜妖怪に対する異常な恐怖を持ち、大人になるにつれ恐怖が関心へと移っていき、それが『鬼の研究』として結実したものです。彼女によれば、鬼は人であり、様々な理由から鬼と仮に呼ばれたに過ぎないのです。心情的な面から「鬼」を捉えようとしているのがわかります。恐れ、慄き、怒り、怨念、嫉妬、願い、祈り等々の中で、人の負の情念が鬼を生み出したのです。鬼らしい鬼が生まれたのは平安時代で、鬼の特徴を浮かび上がらせるために、天狗、般若などと比較検討されています。
こうして、「鬼の昔話」とは平安時代の日本人の心の世界で生み出された冥界の物語であり、貴族から武家へと時代が変わろうとする時代の人々の心理世界を文学、演劇として描いた物語であることがわかります。