ツバキについて(5):ユキツバキについての多元的な知識

 ユキツバキは新潟県の木、加茂市の花である。ユキツバキは日本海側だけに分布し、加茂山にはユキツバキのほかヤブツバキもあり、その中間型も見られる。雪に埋もれる地表面は温度が一定で、マイナスにはならず、植物の保護に役立っている。地表の寒風にさらされない特殊な環境に適応した形態を持つようになってきたものが幾つかある。ユキツバキもその一つで、ヤブツバキのように立ち上がらず、雪圧に適応し、幹を横臥させ、横への広がりを見せる特異な形態をもっている。

 新潟では雪の少ない海岸平野部にヤブツバキ、雪の多い山岳地帯にユキツバキ、この中間地域には中間形のユキバタツバキが分布し、生育環境の違いが棲み分けを生み出している。ユキツバキの花はサザンカのように平開し、雄しべは筒状にならず、基部まで分離し、花糸は黄色、葉は葉柄が短く、その両側に細かい毛が生え、葉脈も先端まではっきり見え、葉緑のきざみが鋭い。ヤブツバキの花は花ごと落下するが、ユキツバキは違う。

 加茂市では昭和42(1967)年から加茂山公園を「ユキツバキ日本一の群生地」として、雪椿祭りを開催してきた。地に伏し、雪に覆われて冬を越すことは、豪雪地域に生きるユキツバキが身につけた適応であり、『牧野植物図鑑』には「ハイツバキ」の別名が載っている。『こしじ水と緑の会』(29、2013)に荻野誠作「丸山忠次郎先生と和名ユキツバキの名称の経緯について」が掲載されている(詳しくは後述の高橋登「想いは「越後の雪椿」-「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話」参照)。1947年に本田正次が岩手県の猿岩で発見したサルイワツバキ(猿岩ツバキ)を新種のツバキとして論文を発表するが、その時には、既に40年前に和名「ユキツバキ」は丸山忠次郎によって牧野富太郎から命名してもらっていたというのがユキツバキの名称の経緯らしい。この辺の経緯については、次の文献に父から語り継がれた「雪椿」発見にまつわる話として、まとめられている。

高橋登「想いは「越後の雪椿」-「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話」、『新潟縣人』、2021、9月号、No.805、6-7。

高橋登「想いは「越後の雪椿」-「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話」II、『新潟縣人』、2021、10月号、No.806、6。

 さて、「ユキツバキ」発見にまつわる史的エピソードはこのくらいにして、ユキツバキが本当にヤブツバキと異なる新種か否かについての研究経緯を見てみよう。

 『研究報告第21号要約集』(富山市科学文化センター、1998)に「2倍体ユキバタツバキの形態変異(Morphological Variation of Diploid Camellia japonica L. var. intermedia Tuyama)」(折川武司、岩坪美兼、太田道人)がある。富山県内と新潟県西部に生育するツバキ属植物(ヤブツバキ,ユキツバキ,ユキバタツバキ)の花と葉の観察を通じて3分類群間での比較と、3分類群の減数分裂と花粉の観察を通じて、ユキバタツバキにはヤブツバキに近いものからユキツバキに近いものまでがあること、正常な減数分裂や花粉が観察されたことから、ユキバタツバキはヤブツバキとユキツバキの間での浸透性交雑(*)によって生じたものと推測された。

*浸透性交雑とは戻し交雑が自然に行われて、種としての特徴は失わず、ある部分の遺伝子が入れ替わっている場合のこと。最近では浸透遺伝子(遺伝子浸透)という言葉も使われている。種を越えて遺伝子が伝播する水平伝播(遺伝子浸透)は生物に広く知られた現象。浸透性交雑は大規模に起こっていることが分かってきた。特に、細胞質遺伝が起きる葉緑体では、地方ごとに、種を越えて同じ葉緑体のグループができるという。

 次は平成26年度(2014)「自然首都・只見」学術調査研究助成事業成果発表会における「ヤブツバキとユキツバキの種分化の程度について」(三浦弘毅、新潟大学大学院)で、形態(表現型)と遺伝(遺伝的違いは葉緑体DNA)に関して、二つの間の一致はどの程度かを調べたものである。形態はヤブツバキとユキツバキ二つのグループに分かれる。只見町はすべての項目で、遺伝的解析でも分かれる。だが、一致しない地域もあり、ヤブツバキとユキツバキの二つは種分化の途中にあることがわかるという結論。

 さらに、最近のものでは「ツバキ2種(ユキツバキとヤブツバキ)のクローン構造と遺伝的多様性の比較」(小濱 宏基、新潟大学大学院自然科学研究科、阿部 晴恵、新潟大学農学部附属フィールド科学教育研究センター佐渡ステーション、森口 喜成、新潟大学大学院自然科学研究科、日本森林学会大会発表データベース 130 (0), 281-, 2019-05-27)がある。ユキツバキの方がヤブツバキよりも遺伝的多様性が低いことが報告されている。

 私たちはこれまで様々なレベルのユキツバキについて瞥見した。ユキツバキやヤブツバキの集団の各部分レベルでの遺伝子型、表現型が近年の研究対象であることを最後に見たが、個体の各部分レベル、個体全体のレベル、集団レベルでの生物学的な研究、そして、園芸的、社会的、文化的なレベルでのユキツバキについても垣間見た。

 小林幸子の「雪椿」が象徴する文化レベルでの「ユキツバキ」は商品名、会報誌名など、様々な分野で大活躍している。「どれもが同じ水素原子とどれもが違うユキツバキ」と言う命題がなぜ正しいかを示す証拠と、私たちが花の判別に迷う理由を共に説明してくれることがこれまでのことからわかるのではないか。そして、それは私たちが個々のツバキ個体の間で識別できないことだけでなく、ツバキとサザンカの間でも識別ができないことの理由ともなっている。