相馬御風の「ふるさと」

 糸魚川歴史民俗資料館(相馬御風記念館)傍に御風の文学碑があり、そこには『還元録』(1916、御風33歳)の一節が刻まれています。彼は『還元録』に「ふるさと」回帰のいきさつを著し、友人に配り、糸魚川に帰ります。

 さて、碑に刻まれている歌は弘法大師空海が弟子の智泉が亡くなった時に詠んだものと伝えられています。御風は自らの心身の苦悩に対し、真言宗の教えと自分のふるさとを重ね合わせたのです。

 

阿字の子が 阿字のふるさと 立出でて また立返る 阿字のふるさと

あじのこが あじのふるさと たちいでて またたちかえる あじのふるさと)

 

(この世は、かりそめの宿みたいなもので、帰るべき場所は阿字の心の中です。私たちの誰もが元々は阿字の世界にいて、修行のためにこの世界へ生まれ出で、そして再び阿字の世界に戻るのだ、という真言宗の教えを詠んだ歌です。)

 阿字(あじ)はサンスクリットの最初の文字で、万有の根源を象徴しています。密教では宇宙を法身(真理そのものとしてのブッダの本体のこと)とみなし、阿字はそれを象徴する文字で、胎臓界大日如来を意味しています。密教では、阿字はすべての梵字に含まれており、宇宙のどのような事象にも阿字が不生不滅の根源として含まれていると考えます。ですから、大日如来は「森羅万象」、「宇宙」、「いのちが循環するそのもの」を象徴する仏で、「阿字」はその大日如来を指します。それゆえ、阿字は「大日如来の子どもたちが、大日如来のふるさとからやってきて、地球上で生命をもつ存在として生活し、その役目が終わると、また大日如来のふるさとに戻っていく」という密教の世界観を表現しているのです。密教では大日如来が宇宙であり、宇宙の真理であり、すべての命あるものは母なる大日如来から生まれ、釈迦如来を含む仏はすべて大日如来の化身だと考えるのです。

 このように見てくると、(ここでは述べなかった)トルストイの思想と真言密教の教えが御風に帰郷を促し、ふるさとでこそ文学的な実践が可能になると御風は考えたのではないでしょうか。

 御風は多くの校歌の歌詞に地域の特徴を詠い込みました。彼は200校を超える校歌をつくっています。早大、日大の校歌の歌詞も彼の作品です。新潟県内だけでも144校の校歌を作詞しています。

 また、御風は奴奈川姫伝説を元に糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出すると推測し、それが1935年のヒスイの発見につながりました。