今年もあちこちでネジバナ(捩花)が咲き出している。ネジバナはラン科ネジバナ属の小型の多年草で、別名がモジズリ(綟摺)。ネジバナが属するラン科は花を咲かせる被子植物全体の中でも多様性に富み、植物界の中で最も進化したグループと考えられている。学名Spiranthes sinensisの属名はギリシャ語の「speira(螺旋(らせん))+anthos(花)」に由来する。ネジバナの花には右巻きと左巻きの両方があり、中には花序がねじれない個体や、途中でねじれ方が変わる個体もある。
ネジバナを見れば、誰もが「なぜねじれるのか」と問いたくなる。花がみな一方向に向けば、茎が傾くので、花の方で工夫して万遍なく花をつけたという説があるが、真偽のほどはわからない。ネジバナの花が「ねじれる」理由について、確定された説は今のところないが、その仕組みは解明されている。ネジバナの花は上方に行くほど強くねじれており、外皮付近に厚膜組織がある。この厚膜は一定ではなく、茎に対して真横についた花組織の付け根の左右のどちらかが分厚く、反対側は薄くなっている。右側の厚膜が厚い場合、厚膜に押されるように花は左へと押されつつ開き、同時に上方向に茎自体も成長するため、左上へねじ上がる(左巻き)ことになる。
巨視的に見れば宇宙の構造もらせん(渦巻き)である。自転しながら公転する地球も広義のらせんを描き、太陽系自体が銀河系の中を回転し、元の位置からずれていき、らせんが入れ子になっている。DNAは右巻きの二重らせん。このDNAの基本的構造はB型DNAと呼ばれ、今では小学校の教科書にも書いてある。さらに、二重螺旋構造のDNA自身も高次のらせん構造を繰り返し、染色体をつくっている。ここにもらせん状になった入れ子構造が見られ、生命から宇宙まで、自然のありとあらゆる場面にらせんが登場している。
そんな大きな話は別にして、ネジバナのねじれる適応的な理由を考えてみよう。ネジバナは虫媒花で、ハナバチがよく訪れる。ネジバナのねじれ具合が小さい株は、大きい株に比べて沢山花をつけているように見えるため、ハナバチが頻繁に訪れる。一方、種子の遺伝的多様性を高める面では、ねじれの小さいものは大きいものよりも隣の花同士の距離が近いため、ハナバチは次々と同じ株の隣の花に訪れることが多くなり、自家受粉が頻発する。つまり、昆虫が少ない環境では、ねじれの少ない花が有利であり、昆虫が多い環境では、自家受粉を防ぎやすいねじれの大きい花が有利になる。
ネジバナは虫に花を見つけてもらうために、らせん形にねじれている方が有利だということなのだろうが、これを実証的にきちんと調べる勇気は私にはなく、「なぜねじれるのか」という問いはずっと謎のままなのである。