三色スミレ、パンジー、あるいは人面草

 19世紀になると、ロマンチックな花だったパンジーは「人の顔」を連想させるようになる。江戸時代末に日本に伝えられたパンジーは「人面草」と呼ばれた。「パンジー」という名前もフランス語の「パンセ」が語源。パンジーの模様を「思案する人」の顔に見立てたのである。それまで、恋の草だったパンジーの花が人の顔になったのは1830年代の突然変異。

 原種のワイルドパンジーは紫色、黄色、白色の三色からなる「三色すみれ」だった。パンジーは花びらが五枚あり、上に二枚、横に二枚、そして、下側に一枚で構成されていて、この複雑な構造には合理的な訳がある。パンジーとハチの間の互助的な適応関係がそれで、花粉を運ぶハチだけに蜜を与えることができるように花弁に蜜の場所を示す印をつけ、他の昆虫より頭の良いハチはそれを理解できる、というのがその訳。

 そんなことを刷り込まれていない私たち人間は、パンジーの花の模様を人面と解釈するようになったのだが、残念ながらそこに生物学的な理由を見出すことはできそうもなく、偶然の結果と言うしかない。