観念とそれらの結合による思考の数学

アリストテレス以後の展開]
 存在の基本的な規則が論理学だった古代・中世の時代から17世紀に入ると、「思考する」、「推論する」ことがどのようなシステムをもつかについての新しい試みが幾つも登場し始める。17世紀からの新しい関心は次のように表現できる。

1演繹的な推論に関する理論は心理学の理論であり、物理学が運動法則を研究するように、論理学は思考の法則を経験的に研究する。
2 思考の法則は、算術や運動の法則と同じように、代数的な形式をもっている。
(1は誤りで、2は正しいことが後に明らかになる。)

 思考の法則(laws of thought)は幾つかのすぐにわかる特徴をもっている。その一つは、思考とは単純な概念の組合せであるというものである。「人間=理性的+動物」というアリストテレスの定義に見られるように、組合せ(combination)は数学的な主題である。ルル(Ramon Llull, 1235-1316)は、推論は三段論法によってなされるのではなく、分解と結合の機械的な組み合わせによって行われると考えた。また、ホッブス(Thomas Hobbes, 1588-1679)は推論を心理的な過程と考え、それゆえ、推論の理論を心的操作の理論として捉えた。

(問)心理的な規則と論理的な規則の違いは何でしょうか。さらに、言語の規則と心理の規則は何が異なるのでしょうか。

ライプニッツの論理に対する考え]
 ライプニッツ(Gottfried W. Leibniz, 1646-1716)は哲学、数学、論理学の分野で現在でも大きな影響を残している。彼が先鞭をつけたものの幾つかは数世紀後にやっと具体化され、その重要さが認識されるという具合で、正に先読みの天才だった。最も有名な仕事として微積分学が挙げられるが、それは氷山の一角に過ぎない。その広範な研究は、真理、必然的真理、偶然的真理、可能世界、充足理由の原理(理由なしに何ものも起こらない)、予定調和の原理(心的出来事とそれに対応する物理的出来事が同時に起こるように神はこの世界を造った)、無矛盾の原理(矛盾が引き出せるような命題は偽である)等々、実に多彩である。ライプニッツは、推論の原理が形式的な記号システム、つまり、思考の代数に還元できるという考えを生涯もち続け、それを研究した。
 さらに、彼の研究には次のようなものがある。推論が真か偽かを決定する計算の手続きを考え、「論理の決定手続き」という概念を生み出した。そして、彼は三段論法に関してそのような手続きを与えようとした。公理的な理論は、ある文について、それとその否定形のいずれもが公理から証明できない場合、「不完全である」と言われ、20世紀にはそれが詳しく研究された。この「不完全性」という概念はライプニッツが初めて明確にしたものである。また、言語の一部は数を含む抽象的な記号によって記号化でき、論理的関係は記号間の関係として表現できることも示した。これは人工言語の発想そのものである。また、命題間の論理的関係は代数的な構造をもつと考えた。これらのいずれも現在具体化されており、彼がいかに射程範囲の広い、先見的な発想をもって研究していたかがわかる。
[ブールの論理代数]
 次にブール(George Boole, 1815-1864)の論理学の研究を見てみよう。ブールは論理学が物理学や幾何学の法則と同じような法則からなり、それら法則は代数的な形式をもっており、私たちの心の正しい働きを表していると考えた。彼はそう考えただけではなく、法則の特徴づけを後にブール代数と呼ばれるシステムによって具体化した。それは次のようなものからなっている。

ブール代数の法則
x + y = y + x xy = yx x (y + z) = (xy) + (xz) x + (yz) = (x + y) (x + z) x + 0 = x x1 = x
x(1 - x) = 0 x + (1 - x) = 1 x + (y + z) = (x + y) + z x(yz) = (xy)z 0≠1

そして、この抽象的な法則は集合間の法則として次のように解釈できる。空でない領域U上での集合Fについて、

U∈F
A∈Fなら、U‐A∈F
A∈F かつB∈Fなら、A∪B∈FかつA∩B∈F

を満たす場合、任意のx, y∈Fについて、x + y=x∪y、xy=x∩y、1-x=U-x、1=U、0=φとすれば、ブール代数の法則は集合の間の関係によって真になる。つまり、上の条件を満たす集合の集まりはブール代数になっている。このようなブール代数の中で1と0の二つの要素からブール代数を考えると、それは命題の真、偽に関する振舞いを表す代数となる。
 ブールは計算の自動化に最初から興味をもったわけではなく、命題の論理的な正しさを表現し、評価するための方法に関心をもっていた。複雑な命題の真偽をその複雑さがどのように生み出されるかの過程から示そうと代数的な計算を考えついた。それが次の結果である。要素的な命題から接続詞を使ってつくりだされる複合命題の真偽は要素的な命題の真理がわかれば、ブール代数の計算によって導き出すことができる。これは現在命題の真理表(truth table)として知られている。