日本の三大祟り神となれば、菅原道真、平将門、崇徳上皇の三名。菅原道真は「天満宮(天神様)」、平将門は「御霊神社」、崇徳上皇は「白峯神社」の祭神として祀られ、永く人々の信仰を集めてきました。最高の地位に君臨した貴人が、理不尽な目に遭い、大きな恨みを抱いて亡くなると、強力な神と化して、相手を滅ぼすことになります。それは落雷、流行り病、旱、水害といった形で現われます。時の権力者たちは、なんとかその怨霊を鎮め、自分たちへの崇りを免れようと、立派な神社を建て、礼拝することになるのです。一方、民衆は強力な霊力を持つ神を手厚く祀って祈れば、逆に守護と援助が期待できると考えました。
宗教には四つの要素があります。それらは「教祖」、「教義」、「教典」、「教団」の四つです。ところが、四つの要素のどれも持っていないのが日本の神道です。神道の神様は八百万と多いのですが、教祖というべき特定人物は見当たりません。『古事記』も『日本書紀』も経典ではありませんし、日本の神話も教典ではありません。日本神道の神社は日本国中にあっても、統一された教団組織はずっと存在せず、明治政府の神仏分離令が出された後にようやくできました。神道は「多神教」ではなく、「汎神教」です。「何から何まで神になる」という汎神の考えは、善き存在ばかりが神になるとは限らないということを意味しています。つまり、「尊」、「善」、「功」だけが神の本性ではなく、「悪」、「卑」、「奇」も神の本性に含まれるのです。こうして、異様なもの、強烈なもの、特異なもの、風変わりなものも神が生まれる契機になったのです。そして、「怨霊信仰」はその具体例なのです。
菅原道真を祀る富岡八幡宮の宮司殺人事件は世間を驚かせました。まだ憶えている人が多いと思いますが、怨霊の現代版として新深川怪談として後世に伝えられることになるかもしれません。なにしろ怨霊や祟りという文字が犯人の元宮司の遺書に踊り、神社の境内で妹の宮司を殺したのですから。いずれ21世紀の深川怪談の一つとして後世に伝えられることになるのではないでしょうか。