湾岸地域を中心に植物を記していると、牧野富太郎が命名した植物がしばしば登場します。彼の命名は2500種以上(新種1000、新変種1500)とされ、自らの新種発見も600種余りあります。主なものを挙げれば、ムジナモ、センダイヤザクラ、トサトラフタケ、ヨコグラツクバネ、アオテンナンショウ、コオロギラン、スエコザサ等々。和名については、ワルナスビやノボロギクのように、性質を短い言葉で巧く言い表している一方で、ハキダメギクなど発見場所をつけただけの命名もあります。「イヌノフグリ」は牧野富太郎の命名ではなく、既に江戸時代の『草木図説』にその名が記載されていて、彼が命名したのはオオイヌノフグリです。亡き妻の名を冠したスエコザサのエピソードはよく知られていますが、私情をはさんだ献名は例外的なものでした。
生物名の表示がカタカナではなく、漢字だったとすれば、誰もがギョッとするのがヘクソカズラ(屁糞葛)。「ヘクソカズラ」は臭いということから、最悪の名前を与えられた可哀想な植物。植物の臭いは進化の過程で身につけた自己防衛メカニズムなのですが、人の勝手な判断はそんなことを無視します。では、本当に臭いのかとなると、実は控え目なのです。見ているだけなら嫌な臭いはせず、花の中央が赤く、お灸(やいと)の跡に良く似ていることから、ヤイトバナ(灸花)という別名や、美しい花の姿からサオトメバナ(早乙女花)という別名もあり、これまた人の勝手な判断の結果です。
名をへくそ かずらとぞいふ 花盛り 高浜虚子
春の七草のハハコグサはどこにでも普通に見ることができる雑草ですが、黄色い花の集まりと白い綿毛に包まれた茎葉の組み合わせは何とも愛らしく、魅力があります。これに対して、茎葉は同じように白い綿毛をまとっているものの、ずっと目立たない茶色の花を咲かせるのがチチコグサ。ハハコグサとチチコグサは、オミナエシ(女郎花)とオトコエシ(男郎花)のように、片方を女性、もう片方を男性に例えて名付けられています。
でも、男女と父母は違います。セックスとジェンダーの違いと並んで、男女と父母の違いはもっと考えられるべきなのですが、オミナエシとハハコグサの方がオトコエシやチチコグサより確かに人々に好まれるようです。
さて、チチコグサは湾岸地域でその姿が目立ちます。ハハコグサよりずっと多いのです。でも、よく見ると、本来のチチコグサは見つからず、外来種のチチコグサ(ウラジロチチコグサ、タチチチコグサ、チチコグサモドキなど)ばかりなのです。素人の私が見ても、ウラジロチチコグサ、タチチチコグサが大半を占めています。少なくとも湾岸地域では、外来種が日本に定着し、在来のチチコグサを圧倒しているのです。