好奇心という科学的欲望

 私は昨日次のように述べた。「生きる限り、欲を棄てることは実に困難で、ほぼ不可能。…欲望は基本的に悪であり、欲望は善を生み出さないと、ブッダの仏教では考えられている。これはブッダだけでなく、ギリシャ以来の西洋にも色濃く見られる宗教の一般的な特徴でもある。」少々引用が長くなったが、この考えに似たものをヨーロッパに探してみよう。

 知りたいという好奇心をタブーとして捉えた最初の人がアウグスティヌス。好奇心は感覚的なものに陶酔して精神の腐敗をもたらす煩悩であり、虚栄欲(野心)や肉欲と共に三つの罪とされた。その「好奇心を嫌う」文化は中世を支配し、外部世界の探求が誤った傲慢さを引き起こすと考えられた。

 そのような好奇心蔑視の世界で真空の存在に対する好奇心が高まる。真空の存在を実験的に確認することの発端は、アリストテレスの「自然は真空を嫌う」という説のもとで、鉱山の鉱水汲み上げのポンプや井戸ポンプが10m以上は働かないこと、ポンプの筒のその上部は空ではないかという疑問が出たことだった。ガリレオの弟子トリチェリの真空実験(1643)では、水では10m、水銀なら76cmとなった。彼は水銀柱の上部空間は真空で、水銀を押し上げる力は大気圧だと推測した。それに対して、その空間は空ではなく、エーテルのような媒質があるとして、真空を認めない説を唱えたのがデカルト。彼は空間即物質のアリストテレス的空間論を受け継いでいた。

 このような真空を巡る議論を支えてきたのが科学者たちの知的好奇心。スタートは「自然は真空を嫌う」というアリストテレスの主張。また、彼によれば、物体の落下速度は空気などの媒質の抵抗が大きいほど遅くなるから、媒質の密度に反比例する。真空が存在すれば、その密度は0だから、抵抗は0となり、速さは無限大になる。だが、無限の速さは不可能だから、真空は存在しない、と結論できる。もちろん、この結論の誤りは日常の現象の観察結果をそのまま真空中の運動にも適用してしまい、その速さを無限大とした点にある。

 ヨーロッパではアリストテレスの目的論的世界観から因果論的世界観へのパラダイムシフトが起こりつつあった。そのために、現象の背後の原因を実験によって明らかにしようとする動きが登場する。その一例は揚水ポンプの現象。金属の需要の増大によって鉱山業が発達し、鉱坑は地下深くまで掘られるようになり、そのため深い所から水を汲み上げる必要が生じた。10mを越える深さになると、ポンプは働かない。これを聞いたガリレオは、「自然が真空を嫌う」なら、水はいくらでも上がるはずで、アリストテレスの考えは誤りであることに気づく。弟子のトリチェリの実験は人びとの関心の的となり、「空所」をめぐって議論が続出した。

 そこに現れたのがパスカル。大気圧を証明したパスカルは巧みな実験によって、問題となっている空所には知覚し、認識できるような物質はないと結論を下した。次の彼の関心は、水銀が下降して空所を残す原因を見出すことだった。内心ではトリチェリの「空気の海」の説に同意していたが、自然学では実験こそが真の重要と信じていたパスカルは、あらゆる反論にも耐え得る確かな証拠を示そうと様々な実験を工夫した。中でも大気圧の考えを確証づけたのが次の二つの実験。一つは「真空中の真空」と呼ばれる実験。J字形とまっすぐな管とを接続したガラス管に水銀を満たして、水銀槽中に倒立させるこの実験は大気圧がかかっている場合と、そうでない場合とを見事に対照させている。もう一つの実験は「ピュイ・ド・ドームの実験」と呼ばれている。水銀柱が宙に停止する原因が大気の重さならば、高い山の山頂に置いた水銀柱の高さは、山麓に置いた場合よりも低くなるはずである。この仮説を検証するために義兄ペリエに頼んでピュイ・ド・ドーム山で実験を行った。

 パスカルは大気圧の問題をより一般化し、流体の平衡の問題として論じた。彼は静止流体の研究を進めて、幾つかの原理を用いて、水圧器の平衡やアルキメデスの原理などを説明した。こうして、それまで「自然は真空を嫌う」から説明されてきた現象を、流体の平衡の理論を用いてことごとく大気の重さに帰着させたのである。

 好奇心に突き動かされた科学的探求はボイルの法則へと繋がっていく。空気は大気圧を生じるという現象の他に、弾性という性質ももっている。当時、空気に膨張する性質があることは既に知られていた。ボイルは性能のよい空気ポンプを使って、トリチェリの実験で水銀柱が上昇する原因は外部の気体の圧力にあること、また空気が弾性をもつことなどを示した。だが、真空否定の説は依然として根強く、それらの批判を反駁するために数々の実験を行った。有名な「ボイルの法則」を導いた実験もそのうちの一つである。

 真空の存在に関する探求を続行し、結論に至るには好奇心が不可欠だが、その好奇心が適切に働くためには適切な知識を前提にした探求が求められる。好奇心が働く方向を定めるには適切な知識と予測が不可欠となる。一方、盲目の好奇心は不適切な信念に基づく好奇心で、煩悩の持続のための好奇心で、アウグスティヌスが嫌い、否定した好奇心である。

 好奇心はキリスト教的文脈では悪しき欲望。有限な存在である人間は無と無限の二つの中間に位置し、どちらの極も認識できない。そのため、すべてを知ることはできない。にもかかわらず、人間は全てを知りたがる。パスカルは有限な人間には不釣り合いな無限の真理を追い求める、際限のない知識欲として好奇心を問題視する。さらに、好奇心の自己愛との関係もパスカルは指摘する。好奇心はたいていの場合虚栄でしかない。それについて語るためだけに人は知りたがる。好奇心は知る快楽だけでなく、知識を他人に語る快楽の側面もある。この時、好奇心は自己愛の一形態となる。学問的知識を他者に語ることで他者よりも自己を上に置き,自己愛を満たすのである。好奇心に関して、パスカルは何とアウグスティヌスに似ていることか。

 アウグスティヌスパスカルは好奇心を嫌い、精神内部に向かう信仰心を重視するが、それと正反対の好奇心重視の科学的探求を推進するのが科学者である。二つの立場は哲学的には相反するもので、それゆえ、多くの科学哲学者は無神論の立場に立ち、好奇心による経験的探求を受け入れている。経験的な知識は更新を続けるもので、反証可能性をもつことが運命づけられている。果てしなき探求には果てしなき好奇心が必要で、そのような好奇心はアウグスティヌスパスカル(そして、ブッダ)には知的な探求の必需品として到底受け入れられないものである。そこに信仰と科学の相容れない対立が浮かび上がってくる。