「現在(present)」は言わずと知れた「今(now)」のこと
でも、「今」はわかったようでわからない不思議概念
「今」は今しかなく、一瞬でしかない
一瞬の出来事と言えば、夏の流れ星や花火だが…
「今」も「一瞬」も文字通りの瞬間かと問われると、誰もが答えに窮す
流れ星も花火もある一定の間光り続ける
瞬間は目撃することも、楽しむこともできない
持続しない瞬間など経験できず、瞬時の出来事を知ることはできない
にもかかわらず、私たちは持続する時間を「一瞬の出来事」と思う
それも単なる比喩でなく、実質的な意味を込めて使う
例えば、梅雨は長く持続し、交通事故は一瞬の出来事である
「現在」が正確に何時から何時までかなど誰も問題にしない
それでも、誰もが「今」をわかっていると思っている
その理由は現在形の文をうまく使えるから
時間はTime、時制はTenseで、現在は現在形という時制をもつ
時間は物理的なもの、時制は言語的なもの
過去は過去形という時制で、現在は現在形、未来は未来形で表現される
だから、過去は過去形、現在は現在形、未来は未来形の文の内容
「今」は「点」で表現される
数学的な存在としての点には大きさがない
現在が点なら、空間のどこにも実在しなくなる
点が物理的に実在するには大きさが不可欠
でも、点がサイズをもつと、数学的に矛盾する
だから、点は時制的な存在で、それを瞬間の解釈とする
こうして、
「今」も「点」も物理的ではなく、
時制的なもの、つまり言語的なもの