コロナの謎、日本の謎(1):メモ

 日本のコロナ対策は欧米には謎に見えるようだが、肝心の私たち日本人にも謎そのもの。流行小休止の今、その謎解きを試みてみたい。まずは何が問題かのメモ。

 スウェーデン公衆衛生局は首都ストックホルムの住民に抗体検査を行い、抗体保有率が7.3%だったと公表。緩やかな対策を取るスウェーデンだが、「集団免疫」の獲得には程遠い状況が浮き彫りになった。この数値は他国とほぼ同水準で、集団免疫の形成に必要な70%に遥かに及ばない。スウェーデンの疫学責任者アンデシュ・テグネルは今回の値について、「想定より1-2%低い」と述べた。調査は公衆衛生局が行ったもので、集団免疫獲得の可能性を判断する基準とするため、1週間に1118件の検査を実施。週7日、計8週間にわたり同数の検査を行う。スウェーデンの集団免疫形成戦略には研究者から批判が出ていた。

 ブラジルの感染者数は、米国に次いで世界で2番目。ブラジルでの直近24時間の死者数は1001人で、累計では2万1千人となり、世界で6番目。貧困層の多い北部でも感染が拡大しており、一部の自治体では都市封鎖が行われている。だが、「ちょっとした風邪」と軽視するボルソナーロ大統領は、経済活動の再開を求めており、国全体での統一した対策が取れていない。

 これら二例だけでなく、欧米の各国ではロックダウンの解除が続き、経済再生の動きが出始めている。また、加藤厚労相が、献血血液で新型コロナウイルスの抗体を調べたところ、陽性率は東京都の500検体で0.6%、東北6県の500検体では0.4%だったと明らかにした。来月からの大規模抗体調査を実施されるが、抗体の中には少なくとも3種類のもの、善玉抗体と悪玉抗体と役なし抗体がある。だから、単に抗体の量だけを見ても、本当にどの程度、正しい免疫ができたのか、よく分からない。善玉抗体だけ測るという方法があり、それが中和抗体測定法。これは、試験管の中で培養細胞にウイルスをかける時にそこに抗体を共存させたならば、どのぐらい感染が抑制されるか、ウイルスの感染度を中和する能力を調べる検査。

 あれほどPCR検査を実施しているドイツで陽性率は6%程度。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下。 フランスで調べたら4.4%しか感染していなかった、最も感染が広がっていたパリでも9~10%だったというのがパスツール研究所の報告。スペインでも5%。やはりこのウイルスは集団免疫をつくりにくいらしい。このウイルスは免疫を起こす力が非常に弱く、起こっても遅い。

 最近のコロナ禍では実効再生産数R(=(1-e)R0)が注目され、R0とRでは人のかかわり方が随分と異なる。基本再生産数R0は対象としての人のもつ値で、ヨーロッパの第一波での値は2.5。私たちが自粛によってその値を下げて、流行を押さえ込むには1以下にする必要があり、(1-e)R0<1から、0.6<eで、それゆえ、eが0.6より大きな0.8なら確実であるから、8割自粛。このRの値は行為主体としての人のもつ値で、私たちが変えることのできる値。

 ウイルスに対するからだの防御は自然免疫と獲得免疫の2段構えで、自然免疫が強かったら、獲得免疫が働かなくてもウイルスを撃退できる。集団免疫は「特定の集団の何割が免疫を得たら感染流行が収まるか」を計算するもので、もし免疫がなかったら何割死亡するかを示すものではない。新型コロナでは基本再生産数Roが2.5だとすると、集団免疫閾値は(1-1/2.5)×100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であるとされている。この場合、一般的には「免疫」とは抗体ができることを指していて、「獲得免疫」というのが暗黙の了解。だが、個体レベルではウイルスに対する防御は2段構えで、自然免疫と獲得免疫がウイルス排除に関与する。集団免疫について語る際には、獲得免疫のことだけではなくて、個人レベルで働く自然免疫と獲得免疫の両方を考慮に入れる必要がある。上述のように「6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」と信じられているが、実際にそうなっていない。武漢市でもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも感染した人は全体の2割程度。集団の6割も感染をするようなことは観察されていない。その理由は大きな流行が始まると、人は隔離措置をとり、接触制限をするようになるからで、それとともに上記の再生産数が小さくなる。接触制限によってR値が1.2まで下がると、上記の公式で集団免疫閾値は20%以下となる。

*ここまでの話で、「6割の自粛」と「6割の免疫」が同じ数式で扱われている点に注意してほしい。いずれもウイルスを防ぐ手段であり、自粛と(ワクチンも含めた)集団免疫はウイルスにとっては同じ敵。特に、日本の自粛は持続しない擬似集団免疫なのである。

 実効再生産数は、実際に1人の感染者が生み出している2次感染者の平均値。最近、世界の研究者内で共有され始めているのが基本再生産数に関わるもの。スウェーデンの新型コロナ対策に登場した「集団免疫」は、集団人口の何%が感染すれば、流行は自然と収まるのかという話だが、その比率は基本再生産数の逆数に対応して上下する。

 

再生産数  1.1  1.5  1.7  2  2.5  3  3.5

集団免疫率 9% 33% 41% 50% 60% 67% 71%

 

 基本再生産数2.5の想定では、人口の60%が感染すると、新規感染者数は自然に減少に転じると、これまでの数理モデルでは計算されてきた。これについて、60%は大き過ぎることが科学的な裏付けをもって説明され始めている。

 集団免疫の効果によって自然に流行が終わった際の最終的な累積感染者数より理論的な計算値の方が過大になりがちだった。2月に起きたダイヤモンド・プリンセス号内での感染拡大では約3000人の乗船者に対してその約17%が感染し、スウェーデンの場合も然りで、60%には遠く及ばない。

 では、なぜこれまでの計算結果と異なるのか。その理由は、多様性というものに関係する。現実世界では、私たちは皆違っていて、同じようには振る舞わない。60%という集団免疫に必要な値は、すべての人が同じように振る舞うという仮定を置いて計算されていた。これに対して、多様である要素を導入した集団免疫度の計算手法が欧州を中心に本格化してきた。多様性の要素としては、年齢構造、家庭やコミュニティーなどの社会構造、クラスター(感染者集団)のような感染の起きやすい場所とそうでない場所、などが挙げられる。

 多様性を考慮すると、集団免疫率が一般的な数値より低くなることが最近示された。すると、1人当たりが生み出す2次感染者のばらつきが大きい場合は、基本再生産数2.5では、集団免疫率は60%でなく、20~40%くらいで済むことになる。また、年齢別の多様性を考慮した場合もほぼ同じにある。

 大規模な流行を制御しつつある段階が今の日本だが、抗体検査などの結果を踏まえると、おそらく全人口の1%程度のみが感染し免疫を持っている状態。つまり、国民の99%以上はまだ感受性を持ち、感染する可能性がある。だが、免疫率の推定値が下がったということは、どこかの国が戦略を大きく変える可能性があることを意味する。例えば、感染拡大の制御がうまくいっておらず、死者が多数出ていて、一方で経済の再開の要望が強い国、例えばブラジルでは可能な戦略である。アメリカでもいずれ集団免疫を自然に獲得する方向に舵を切る可能性がある。仮にアメリカが感染拡大の制御を諦めれば、経済を回すために他国にも迫るのではないか。もしそうなれば、日本国内で感染拡大を制御できていても、海外との人や物の移動が再スタートとなり、感染再拡大に火がつくだろう。感受性人口がまだまだ膨大な日本と、感染者をたくさん持つ国が1週間に何便ものフライトでつながってしまう。集団免疫率が従来の想定の半分強で済むことによって、他国の戦略が変わり、日本独自の対策だけでは話が済まなくなってくる。

 日本の集団感染率や死亡者数の少なさは対策が成功した指標であると同時に、他国よりより感染しやすい状況にあることの指標でもある。