集団免疫と集団免疫率

 生命科学の分野には集団遺伝学や感染症疫学のように数理モデル(統計モデルや非線形モデル)を使う数学的分野がある。感染症は社会に深刻な影響を与えるが、感染症数理モデルが開発され、研究が進められてきた。数理モデルは実証的なモデルとは違って、数式からなるシステムで、それ自体は数学的に正しいが、経験的なデータが十分でないと正確な予測には使えない。

 感染症の感染拡大をみる上で重要な概念が「基本再生産数」。「R0(R naught)」と表記され、ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫を全く持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均の人数を表す。R0が 1 より 大きいと、感染は拡大し、1 より小さければ、感染はいずれ収束する。ちょうど 1 ならば、拡大も収束もせず、その感染地域に、風土病のように根付くことになる。

 感染症の拡大予防に重要なのが「集団免疫」。集団内に免疫を持つ人が多ければ、感染症が流行しにくくなることを利用して感染拡大防止をしようというのがその考え。例えば、予防接種によって、集団内の免疫保持者を一定割合まで高めておくことを意味する。R0が 3 の新たな感染症に対して、この集団ではまだ誰もこの感染症にかかったことがないとしよう。感染症にかかった人が、この集団に入ったとする。1 人の感染者から、平均して 3 人が感染する。もしこの集団の 1/3 の人が免疫を持っていれば、感染は平均して 2 人に抑えられる(なぜか?)。もし、2/3 の人が免疫を持っていれば、感染は、平均して 1 人に抑えられる(なぜか?)。もし、2/3 を超える人が免疫を持っていれば、感染は、平均して 1人未満に抑えられ、この感染症はいずれ収束することになる(なぜか?)。

 このように、感染症の R0の大きさに応じて、集団内の免疫を持っている人の割合を、(R0-1)/ R0 よりも大きな水準にまで高めておけば、集団免疫が働いて、感染症は収束に向かうことになる。この集団内の免疫保持者の割合は、「集団免疫率((R0-1)/ R0)」と呼ばれ、集団免疫を行う際の指標となる。

  過去の感染症の基本再生産数 R0の値はどうだったのか。例えば、国立感染症研究所が 2008 年に示したデータによると、麻疹は 16~21、風疹は 7~9、天然痘は 5~7、インフルエンザは 2~3 など。