「光る君へ」の君とは?

 「君」と「僕」はそれぞれ二人称と一人称の代名詞ですが、子供の頃の私には「おまん」が「君」で、「僕」は「おれ」でした。方言に「君、僕」以外の呼称が多いのは、「君、僕」が比較的新しく、明治以降に使われるようになったことを意味しています。明治の四民平等の社会になると、長州で発明された「君」と「僕」が新語として登場し、それが一般化します。実際、明治以降の呼称詞としての用例の典型として、私の大学での例があります。教職員は誰も男女を問わず、「…君」と呼ばれ、「…君休講」の掲示が懐かく思い出されます。福沢諭吉先生以外の塾員、塾生は皆おしなべて「…君」でした。さすがに、今は少なくなったようですが、卒業した塾員には「君」は未だによく使われています。

 ところで、大河ドラマの「光る君へ」の「君」は代名詞だけでなく、付加的呼称詞でもあると思う人が相当いるのではないでしょうか。「君と僕」と並んで、「君(くん)」は(私の大学とは違って)もっぱら男性に対して用いられる呼称詞であるのに対し、「さん」は対象の性別を問わず用いられます(これは「僕」と「私」の代名詞の使い方とほぼ一致していますが、「君」と「あなた」の場合は性別なく使われます)。

 でも、「光る君へ」の「君」は紫式部の『源氏物語』の主人公光源氏のことで、代名詞ではなく、名詞です。平安時代の宮廷に、「光る君」と称され、人々に愛された帝の第二皇子が光源氏です。「君」は、平安時代には「君主」を指す名詞でしたが、江戸後期になり、儒学者たちの間で対等関係の二人称として漢語「足下」が使われるようになり、さらに国学者たちの間で「君」が二人称として使われるようになりました。明治に入り、自称詞「僕」に対応する二人称として「君」が広がりました(上記の大学の場合は呼称詞)。

*「君死にたまうことなかれ」の「君」の性別は何か。では、「君の名は」の「君」の性別はどうか。