植物はなぜ緑色なのか

 逆転クオリア(Inverted qualia)は心の哲学での思考実験。同じ物理的刺激に対し、異なるクオリア体験をもつ可能性を考える思考実験で、別名は逆転スペクトル(Inverted spectrum)。色の赤と緑が入れ替わる例がよく論じられ、色の第二性質が隠然と関与し、心の世界に独特のあり方を与えてきた。「心がつくり出す自然世界」から「心をつくり出した自然世界」へと視点を変えた時、色は第二性質から第一性質へと敢然とその性質を変える。
 地球が誕生したのは今からおよそ46億年前。原初の地球は灼熱地獄の星で、大気もなく宇宙線が直接降り注ぎ、太陽は今と違って暗く、暗い宇宙に浮いている灼熱地獄の星、これが原始地球だった。その後、地球は次第に冷え、40億年ほど前には地殻や海が形成されたが、30億年以上前の海水温は60~120℃程度もあったらしい。そのため最古の生物は「熱耐性」、「嫌気性」のバクテリアだった。地球磁場はまだなく、生物にとって危険な宇宙線や紫外線が直接地表に注いでいて、生物はこれらから逃れられる環境(深海や地中など)で生息していた。そして、僅かな光をもとに光合成する細菌(光合成細菌)が現れる。
 当初の光合成は緑色硫黄細菌や紅色細菌によるもので、還元剤として有機物や硫化水素を用い、酸素を出さない光合成をしていた。だが、やがてこの仲間のシアノバクテリア藍藻)の一種が、水と二酸化炭素から劇物の酸素を生みだす「酸素発生型光合成」を始めた。硫化水素や有機物ではなく、地球上のどこにも存在する水と二酸化炭素光合成できることから、このシステムは次第に主流となっていく。そして、酸素濃度が急激に増え、ついに大気中にオゾン層が形成される。一方、暗かった太陽も約10億年前頃には現在の9割程度の明るい光を発する星になる。こうして、紫外線というリスクのある世界から太陽の恵みを受ける多様な色の世界へと地球は変化したのである。
 27億年前に現れ、酸素発生型光合成を始めたシアノバクテリア藍藻)は藻類や陸上植物の祖先である。真核生物にシアノバクテリアが共生する事で真核の光合成生物が生まれた。海の植物である海藻類は、種類によって光合成に使う波長域が異なる。海藻には、緑藻(アオノリ等)、紅藻(アサクサノリテングサ等)、褐藻(コンブ、ヒジキ等)などがある。緑藻は青と赤領域の光を主に吸収する。紅藻は青、緑、赤の光を比較的バランス良く吸収するが、褐藻は、紅藻と緑藻の中間で緑光の吸収が若干低い。よって、水中で最も深くまで届く、青-緑光の利用という観点では、紅藻>褐藻>緑藻の順に効率が良いことになる。これらの藻類の繁殖可能な深さも異なり、緑藻、褐藻、紅藻の順に深い海中でも生息できることになる。
 約4億5000万年~4億8000万年前(オルドビス紀)にまず植物が陸上に進出した。乾燥と強光等に打ち勝ち、最初に上陸したのは緑藻の仲間(シャジク藻類の仲間)と考えられている。もし他の色の植物が上陸して支配権をにぎったとすれば地上は緑ではなく、褐色や紅色の世界になっていただろう。逆に、海は緑藻の世界から紅藻類から生まれた渦鞭毛藻やハプト藻、珪藻類を主とした紅色、褐色の世界に変わった。このように緑藻の仲間が上陸して繁栄したことによって、陸上植物の色は緑色になったのである。現在の森は緑色をしているが、紅藻類から地上進出が行われていたとしたら、現在の森林は赤い色になった筈である。

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 植物が緑色なのは、葉緑体クロロフィルによるもの。クロロフィルは赤色や青色を吸収し、緑色は余り吸収しない。このため葉からの反射光や透過光には緑色の成分や遠赤外光が多くなるが、遠赤外光は人間の眼にはみえず、緑色のみが感受されるために草木の体や葉は緑色となる。花の色の基になる色素はどこにあるのか。花びらは上側に釣り鐘や円錐形をした表皮があり、その下に四角形の細胞が柵状に並んだ層をもつ。花の色素は主に表側の釣り鐘型をした表皮細胞に含まれている。表の表皮細胞では液胞が非常に大きくなり、ここに水溶性の色素が、また不溶のカロテノイド系の色素が色素体(プラスチド)に存在している。一般に、花の色は白や黄色が多く、次に紫・青系と赤系統の色が続く。