テレビドラマ「Dr.House」の中の知識

 「HOUSE M.D.」というタイトルで、2004年から2012年まで8シーズン続き、完結したアメリカの1話完結の「医療ミステリー」はプリンストンの病院の医師グレゴリー・ハウスとそのチームによる診断と治療の物語。

 「人は嘘をつく(Everybody lies)」が口癖のハウスは「診断」の天才で、手術や投薬は専門の医師に任せるものの、その洞察力と知識で患者の病気の原因を突き止める。ハウスは治療過誤で右足の筋肉を失い、歩行には杖を手放せない。足の慢性的な痛みのために鎮痛薬を常用し、薬物依存で、洞察力、観察力、推理力があり、シャーロック・ホームズをイメージしたキャラクター設定がなされ、ワトソン役の親友ジェームス・ウィルソンもいる。彼の下で働く3人の医師も個性的で、ハウスの辛辣な仕打ちに立ち向かっている。

 患者の病名が不明のため、様々な手掛かりから、テストや治療を繰り返すが、うまくいかないことから物語が始まり、ハウスの推理から真の原因が発見され、診断が確定し、治療が成功するという筋書きがドラマ化されている。それが「医療ミステリードラマ」と呼ばれる所以。「シャーロック・ホームズへのオマージュ」と言える。毎回、原因不明の病気に悩む患者をハウスと医療チームがあらゆる糸口からその原因を究明し、命を救っていくなかで、部下の医師たちはハウスの子供っぽいパワハラ行動に悩まされながらも、その能力に憧れ、強い影響を受けていく。

 日本の病院ではインターンでさえ容易に病名を突き止めることができる簡単なことであり、ハウスの子供じみた振舞いはすぐに職を解かれる筈だという(日本の医療関係者の)コメントを読んで、日本の医者は誰もホームズやポアロ以上の推理力と診断力を持つのかと驚き、とても私は医者になれないと落胆したのを憶えている。私がこのドラマで知ったのは医者の能力ではなく、病気の原因、発端を突き止める際の知識だった。正常な状態に対して、どこにどのような異常があると、どのような症状が起こるかのマニュアルがしっかり存在し、その知識を背景にして、実際の現象を分類しながら、個々の症状や現象をマニュアルにフィットさせていくことが絶妙の物語に再構成されている点だった。正常と異常に関するマニュアル化された知識が不十分ながら完備され、それを駆使して、異常の原因を探し当てる経緯が物語化されている点で、正に医療推理ミステリーになっている。

 私が強く惹かれたのは、「正常」と「異常」の識別が実際の医療での重要な知識となっていて、それが医療知識の本性だと訴えている点であった。つまり、知識を使い、知識で診て、知識で治療し、知識で治すことが描かれていたのである。医学と医療の知識の違いを問われれば、正常や異常は医学や生物学には重要ではないが、医療現場では極めて重要な役割を持っている。医者は正常と異常のマニュアル化された知識を駆使した診断から始めなければならない。そして、何が正常で、何がどこでどのように異常なのかを知ることが診断に欠かせない。それに対し、例えば、進化生物学では正常や異常はほぼ意味がなく、集団の何が多数で、何が少数かが適応結果として重要となっている。生物集団が進化していく中では正常も異常も暫定的な仕分けに過ぎない。

Dr.HouseNETFLIXで視聴可能