人が世界を分別をもって知るようになる第一歩は、生き物を動物と植物に分けることではないのか。「動き回り、食べる」動物と「動かず、光合成を行い、食べない」植物という区別が、分別知の契機となっている気がしてならない。では、最近よく登場するミドリムシ(学名Euglena)は動物と植物のどちらなのか。ミドリムシは光合成を行うが、同時にくねくねと動く。生物は動物と植物に分類されると教えられた後だと、この質問は意地が悪い。正解の一つは、ミドリムシは動物でも植物でもないというもの。そして、これは「知る」ことが生き物を(そして「もの」も)分けることに結びついていて、知ることの浅はかさや宿命、さらには限界さえ暗示しているように思えてならない。
原核生物の藍藻あるいはシアノバクテリアは、光合成を行うことによって酸素を発生させる生物であるという点では植物の性質をもち、核膜を持たずに細胞の内部でDNAがむき出しの状態で浮遊している原核生物であるという点では細菌の性質をもっている。酸素を発生する光合成は約30億年前にシアノバクテリアで進化した。二酸化炭素を有機物に固定するための電子を水から引き抜くために、水が分解されて酸素が発生する。初期の地球には酸素はほとんど存在せず、当時の生物の多くにとって酸素は猛毒だった。この酸素による地球環境汚染が始まり、地球と生命進化は以後、大きく変わっていく。海中で始まった酸素を発生する光合成は、還元状態にあった海を激変させる。海中に豊富に溶けていた二価の鉄イオンは酸化されて三価の鉄として沈殿し、これが現代文明を支える鉄の鉱床を生み出した。金属イオンなどの還元物質を酸化し尽すと、ついに大気に分子酸素が放出され、大気の好気化が始まった。酸素21%という現在の大気はシアノバクテリアとその後進化した真核藻類が作り上げ、地球を変えてきたのである。
海や大気の好気化という酸素汚染がもたらした生物進化の大事件が真核生物の誕生である。α-プロテオバクテリアを取り込んでミトコンドリアという酸素を用いたエネルギー変換装置を獲得する過程で並行的に真核細胞が生まれたと考えられている。酸素呼吸は嫌気呼吸の19倍のエネルギー効率をもち、これによって、真核生物は大型し、多様化していくことになる。現在の1500万種ともいわれる生物多様性は、シアノバクテリアで誕生した酸素を発生する光合成のお蔭なのである。
酸素発生の光合成は、錬金術のようなもので、光エネルギーを化学エネルギーに変換する無償のエネルギー変換装置である。この装置が細胞共生で、真核生物の中に広がっていった。分子系統の研究から、光合成を行う真核生物(真核藻類と陸上植物)の葉緑体はすべて共通の祖先から派生したことがわかっている。シアノバクテリアの共生によって最初の真核藻類が生まれた。この共生が一次共生で、一次共生で生まれた植物の子孫が灰色植物、紅色植物、緑色植物である。しかし、真核生物の植物化はそれだけにとどまらず、さらに二次共生と呼ばれる現象を通じて、真核生物の6つのグループが従属栄養生物から植物に変身したことが明らかになっている。
藍藻あるいはシアノバクテリアの仲間は生命進化の最も初期の先カンブリア紀に出現したが、今でも澱みのある池や沼で大量に増殖してアオコを引き起こす種があり、淡水だけでなく海にも生息している。球形の細胞が無数に集まった群体を作るミクロキスチスや、糸状体を形成するユレモ、ネンジュモなど、多様な形態が見られる。