オオイヌノフグリの花たち

 オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)が野原に咲き出し、地表からも春が感じられます。オオイヌノフグリは秋に芽を出し、他の植物が繁茂しない冬に横に広がって育ち、早春に多くの花をつけ、春の終わりには枯れてしまいます。日本にもともと咲いていたのは、オオイヌノフグリより小さい花をもつイヌノフグリ。明治に入り、近縁のオオイヌノフグリが日本に帰化し、在来種のイヌノフグリは駆逐され、今では絶滅危惧種。私たちに春の訪れを告げるのは、帰化したオオイヌノフグリの方になってしまいました。

 「オオイヌノフグリ」とは驚くような名前ですが、和名はイヌノフグリに似ていて、それより大きいためにつけられました。オオイヌノフグリの果実は陰嚢に喩えたくなるほどは陰嚢に似ていません。そのためか別名はずっと優雅です。まずは「天人唐草」。イヌノフグリを図案化した唐草模様が天人唐草と呼ばれていて、そこから、オオイヌノフグリも天人唐草と呼ばれるようになりました。次は「瑠璃唐草」。瑠璃色はラピスラズリのような、少し紫の入った鮮やかな青。

*植物の蔓が絡み合うパターンが「唐草文様」で、「唐草」という植物があるわけではありません。唐草文様は世界中にあり、古代ギリシャの神殿にも見られます。それがシルクロードを辿り、日本へと伝来しました。英語では「arabesque design」。

**イヌノフグリは在来種です。牧野富太郎が生まれる以前に日本にあり、「イヌノフグリ」と呼ばれていました(『草木図説』)。1887(明治20)年東京で牧野富太郎はコバルトブルーの花が土手一面に咲いているのを見つけます。既知のイヌノフグリの近縁種で、大型であることからオオイヌノフグリ命名しました。