ウメ(梅)はバラ科サクラ属の落葉高木で、1月の下旬から花が咲き出します。桜と違って、咲き方も散り方もゆっくりしている梅を愛したのが菅原道真。彼は宇多天皇に仕え、漢学者、政治家として活躍しました。でも、宇多天皇の譲位で、後ろ盾を失くし、無実の罪で太宰府に左遷されます。自宅の梅は主を慕って太宰府まで飛んで行ったというのが飛梅(とびうめ)伝説。
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
(梅の花よ、春風が吹いたら匂いを寄越してくれ。主人が不在でも春を忘れるな。)
今では春の花といえば桜ですが、道真の時代の日本は遣唐使がもたらした中国文化の影響下にあり、春の花といえば梅を指していました。道真自身も梅を愛したのですが、唐の衰退から、遣唐使派遣の必要はないと判断し、その廃止を進言したのも道真でした。道真の死後、都では有力者の不審死や落雷などが相次ぎ、彼の怨霊のせいだと信じられます。その怨霊を鎮めるために、都に北野天満宮、太宰府に太宰府天満宮が造られました。天満宮は怨霊封じの神社だったのです。