タイトルのような変化は可能なのだろうか。知識と対象のミックスの仕方の違いが出来事と状態の違いを生み出すと既に述べた。このミックスとは「物理的に実在すると見做される対象を言語的に表現する」ことであり、表現の仕方に応じて、異なる表象ができ上り、その表象は知識と対象がミックスした結果なのである。その表象について最もよく知られている例となれば、物理的な対象の運動変化の表現だろう。
私たちの常識によれば、物理的な対象(例えば、ボール)は時空の中で連続的に変化し、その変化は対象の状態の変化として理解されている。その典型例は人やものの運動である。ボールは連続的に飛んでいくし、私たちは連続的に身体を動かしている。映画やビデオは連続的に変化する画像として知覚されている。では、状態が不連続的、あるいは離散的に変化する運動はあるのだろうか。私たちの想像力は強大なので、突然に消えたり、いきなり出現したりする場面を映画やテレビで何度も見ていて、既にそれらを目新しいシナリオだとは思っていない。だが、それが現実に実現できるのかとなれば、大抵の人は否定するのではないか。誰もがタイムスリップできるのは夢の中だけだと観念している。
不連続な状態、連続する出来事を考えるための例としてコイン投げを考えることができる。既に何度もコイン投げの力学モデルを取り上げた。コイン投げは当たり前のように確率の例として取り上げられ、コインの運動変化として裏や表を結果するモデルとしては論じられないのが普通である。コインの表や裏は「量ではなく質」であり、運動は質ではなく量によって表現されてきたからだろう。伝統的な表現をすれば、コインの裏表という質のモデルが確率モデルであり、コイン投げという運動変化の量のモデルが力学モデルということになる。
状態の連続的な量的な変化を表現するのに使ってきたのは実数であり、様々な量の連続的な変化を表す数のシステムとして使われてきた。実数全体の空間は完備的な(complete)位相的性質を持ち、かつ代数的には加減乗除ができる体(field)の構造を持っている。そのような性質をもつ実数を使って対象の運動変化が表象、表現される。力学モデルはこのような実数を使って運動変化を記述、表現するが、確率モデルは主に整数を使った事象(出来事、イベント)を使った離散的なものである。
ここで、非常識的な、状態変化が不連続で、出来事が連続することが可能かどうか考えてみよう。原理的には可能であるというのが答えである。運動変化を離散的な空間で表現すれば、その変化は不連続となるだろう。コイン投げを連続的な運動変化によって表現することも可能である。それゆえ、不連続な状態変化、連続する出来事変化が可能ということになる。なんだか拍子抜けの答えだが、それが可能であるという意味は、「表現することが可能である」ということであり、状態そのものが不連続であるとか、出来事そのものが連続的である訳ではない。
もし状態によって出来事が定義できるようになれば、因果的な「ならば」を使って歴史的な「ならば」が解釈できるようになるだろう。力学モデルは物理系についての変化のモデルだが、その変化は系の時間的、空間的な状態(state)の変化を描いている。状態は物理量である運動量のことであり、私たちの自然言語の状態とは随分と違っている。ところが、事件や出来事(event、事象)となると、その都度定義が必要になる。物理系の確率・統計モデルとなると事象が中心の概念になるのだが、その他の場合は確率事象というより、常識的な出来事を意味する場合がほとんどである。状態変化は状態の連続的な変化が圧倒的に多いのだが、出来事や事件は連続的なものではなく、離散的な概念だということになっていた。これは物語の内容の因果的説明を意味していて、これは長い年月をかけて徐々に行われてきた説明の科学化である。科学的な活動は物語の歴史化ではなく、物語の科学的説明化なのである。
連続的な空間と時間が仮定された統計的な力学システムの相空間に測度論を適用することは極めて自然だった。この相空間はユークリッド空間Rn で、ボレルやルベーグはその空間について測度論をつくった。ニュートン以来ランダムな量は確率の中で研究されてきたが、連続的に続くランダムな出来事は全く新しい概念を生み出した。数学の側で最初に研究されたランダムな過程は離散的なマルコフ鎖(Markov chain)だった。マルコフの性質は、現在の状態が与えられた場合、次の状態の確率は以前の歴史とは無関係である、というものである。これらの過程に対するマルコフの性質は、古典力学の最も特徴的なものの確率的な表現だった。運動法則と現在の状態が与えられると、未来の時間発展が決定される。このことの確率的なアナロジーは、未来の正確な一意的状態を状態の確率分布に置き換えることによって得られる。数学的な理論が展開された時、まだアインシュタインのブラウン運動の論文しか関連するものがなかった。確率過程の理論は統計力学が確率論に与えた最も重要な課題となった。