マドンナリリーを巡って(3)

 6月も中旬になり、大きなユリの花をあちこちで見るようになりました。ユリの代表と言えばカサブランカが思い浮かびます。カサブランカは初夏になると大輪の花を咲かせ、絢爛豪華な花と香りを楽しむことができます。純白のカサブランカに対し、黄色の色が入ったのがイエローカサブランカで、やはり香りが良く、とても豪華な花をつけます。イエローカサブランカはコンカドールとも呼ばれていて、近くで見ると、花の大きさに圧倒されるだけでなく、強い香りにも驚きます。これだけ視覚的、嗅覚的に強烈な花は滅多になく、呆れてしまうほどです。

 新約聖書『マタイ伝』6章28節の「野のゆりがどのように育つかをよく見なさい。ほねおることも、紡ぐこともしない。あなたがたに言っておく。栄華をきわめたソロモン王でさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」と、イエスが「思い煩ってはならない」ことの喩えとして語ったことに由来します。このように着飾ったユリは世界に100種以上の原種があるとされ、「ヤマユリ亜属」、「テッポウユリ亜属」、「カノコユリ亜属」、「スカシユリ亜属」という4つの亜属に分類されています。

 ヤマユリヤマユリ亜属の交配親となっている原種で、本州が原産地の日本固有種。大輪の花を咲かせ、白い花の中心には黄色の筋が入り、全体に赤褐色の斑が入っています。ヤマユリ亜属は、漏斗状(ラッパ型)の花を横向きに咲かせ、花が大きく、甘い香りを発するものが多くあります。ササユリは、テッポウユリ亜属の交配親となる原種の一つで、これも日本を代表するユリです。花色は淡いピンクで、花粉が赤褐色をしています。リーガル・リリーはテッポウユリ亜属に分類される原種です。花は短い筒状でラッパのように開き、花の内側は白く、基部は黄色、外側は桃紫色をしています。スカシユリは、スカシユリ亜属の原種です。数枚の花びらは重ならず、付け根の部分が少し開いていて、オレンジや黄などで鮮やかな色です。スカシユリ亜属は花を上向きに咲かせるのが特徴です。スカシユリやエゾスカシユリ、ヒメユリが代表的な原種です。オニユリは、カノコユリ亜属の原種で、食用にするため中国から日本へ伝わりました。花びらは、オレンジ色で、黒い斑点が入っています。カノコユリ亜属は、下向きに花を咲かせます。カノコユリ、イトハユリなどはこの系統に分類されます。

 さて、『野のユリ』(Lilies of the Field)はウィリアム・エドマンド・バレットの1962年の同名の小説を原作とする1963年公開のアメリカ映画。主演のシドニー・ポワチエが黒人俳優として初のアカデミー主演男優賞を受賞しました。そのストーリーはアリゾナの砂漠地帯を気ままに旅する黒人青年ホーマー・スミスが、東ドイツからの亡命者であるマザー・マリアら5人の修道女と出会い、荒地に教会を建てるというもの。映画は上記の『マタイ伝』に由来します。

 最近の園芸種のユリは豪華絢爛。バラもキクも園芸種は見事ですから、ユリも園芸種となればそれらに劣らず派手になるのは致し方ありません。でも、野のユリだけでなく、バラもキクも素朴で慎ましいままであることを願うのは、それらによって「野生」を象徴したいからなのでしょう。

 ユリ、バラ、キクが何を象徴し、どんな役割を果たすかは文化的、社会的な事柄です。そして、純粋で素朴な役割と、絢爛豪華な役割という一見すると相反するものの象徴になってきました。着飾らないユリ、バラ、キクはそれぞれ「野のユリ」、「野ばら」、「野菊」として私たちの心の中で大切にされてきました。

*画像はコンカドール、ノイバラ、ノコンギク