ニワシロユリ雑感

 日本は野生ユリの宝庫で、ユリは神話や聖書にも登場する女王のような花。人が最初に栽培した花がユリで、神話、宗教、芸術、文学などに登場するユリを絡めた物語は善と悪、生と死といった、まったく正反対のもので溢れている。強い香りで死の臭いを隠すためにユリは葬式に不可欠であり、花嫁は多産の印としてユリの冠をかぶった。ユリは生と死の両面を秘めた、矛盾する花だった。

 ヨーロッパのユリ属のトップは「マドンナリリー(和名ニワシロユリ)」だった。古代ローマ人は神への供え物や観賞用だけでなく、球根を食料、薬品などにするため、白い花のマドンナリリーを栽培した。ローマ軍のヨーロッパ遠征に伴い、マドンナリリーは欧州全土に広がった。

 そのため、マドンナリリーはキリスト教の「聖花」になった。ところが、スウェーデンの植物探検家カール・ペーテル・ツンベルクが1776年に琉球諸島テッポウユリを発見し、それが契機となって主役が交代する。日本からテッポウユリの球根が輸出され、アメリカでも栽培された。19世紀以降、欧米市場ではこの白いトランペット形のユリが復活祭の「イースターリリー」として好評を博した。聖母マリアの純潔のシンボルだったマドンナリリーは、日本のテッポウユリに取って代わられたのである。

 ところで、聖書の「野の百合」は何色だったのか。新約聖書の『マタイによる福音書』(6章28節)に登場する「野の百合」である。聖書のユリは白いイースターリリーではなかった。植物学者たちは中東原産の白、紫、さらには赤色の、いくつもあるユリのいずれかだったのではないかと推定している。