二つの祭

 妙高市の新井地区でも8月5日(土)、6日(日)に第50回の「あらいまつり」が開催されました。特定の神社の祭と違って「あらいまつり」は1973年から行われている妙高市の市民祭です。1973年には私は既に妙高にいませんでしたので、残念ながら「あらいまつり」を知りません。ですから、加茂神社や白山神社の伝統的な祭しか体験しておらず、そのためか、祭となれば神社の祭しか浮かんでこないのです。

 連日の暑さで祭見物など御免被りたいのですが、一瞥したくもありで、昨日7日まで例祭が行われていた住吉神社に詣でてきました。関東には少ない住吉神社ですが、家康が関東下降の際、摂津の佃の漁夫、神主が分神霊を奉載し、江戸へ下り、鐵砲洲向かいの干潟を賜り、それを佃島とし、住吉神社もそこに置かれました。今では、月島、勝どき、豊海、晴海の氏神として信仰されています。

 佃島の街中には6本の「大幟」(おおはた、神社ののぼり)が立てられます。高さ18mにも及ぶ「大幟」は、1798年(寛政10年)に幕府から建てることを許されたと伝えられています。幟の柱は普段佃堀に埋められており、祭のたびに掘り出されます。

*画像の浮世絵は大幟を描いた歌川広重の「佃しま住吉乃祭」(名所江戸百景)

**大幟の背景の高層ビル群は大川端リバーシティ21など