方便の功罪(2):仏教の三大聖樹

  仏教には三つの聖樹があります。それぞれの樹には釈迦と関係の深いエピソードがあり、それが経典に述べられてきました。

1無憂樹

 無憂樹は「阿輸迦の木(あそかのき)」と呼ばれるインド原産のマメ科の植物で、黄色から橙色の花を咲かせます。その名の通り、憂いの無い木。釈迦の母親であるマーヤ夫人は出産のための里帰りの途中、立ち寄ったルンビニ園で釈迦を出産しますが、それは無憂樹の下での出産でした。

*ムユウジュ(無憂樹)、あるいはアソッカはインドから東南アジアにかけて広く分布。

2印度菩提樹

  インドボダイジュ(印度菩提樹)はインド原産のクワ科の植物で、別名が天竺菩提樹。葉っぱの先端が長く伸びるのが特徴で、熱帯地方では20mになるものもあります。釈迦はブッダガヤの菩提樹の木の下で悟りを開きました。そのことから聖木とされ、インドの国花になっています。

*インドボダイジュは仏教の発祥地であるインドの国花になっている。仏教の経典ではテンジクボダイジュ(天竺菩提樹)の別名がある。耐寒性が弱く、日本の寺院では本種の代用としてシナノキ科のボダイジュがよく植えられている。そのためボダイジュが「天竺菩提樹」であるかのように誤解されることが多い。また、シューベルトの『冬の旅』の「菩提樹("Der Lindenbaum")」の菩提樹は近縁のセイヨウシナノキである。

沙羅双樹

  沙羅双樹はインド北部原産のフタバガキ科の植物で、サラノキ(沙羅の樹)とも呼ばれます。初夏に白い花を咲かせ、ジャスミンにも似た香りを放ち、高さは30mに達するものもあります。釈迦は80歳の時にクシナガラの地のヒランニャバッティ河のほとりで入滅(死去)しました。

 涅槃図は娑羅双樹のもとで頭を北にして西を向き、右脇を下にした姿で横たわり、その釈迦の周囲で十大弟子や菩薩、天部の仏のほか、動物や鳥類、虫が嘆き悲しむ様子が描かれています。諸寺に伝わる涅槃図は狩野派をはじめとして、長谷川等伯伊藤若冲らの有名な絵師も手がけています。

 涅槃図は涅槃会で特別に公開されますが、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」という『平家物語』の冒頭はあまりに有名です。釈迦の入滅の際、沙羅双樹は真っ白に変化し、八本あったうちの四本は瞬く間に枯れ、残る四本の沙羅は栄えるように咲いたと言われています(これが「四枯四栄」)。インドのサラノキは大木で、花は黄色っぽい色をしています。日本ではナツツバキ(夏椿)がその代用樹になってきました。ナツツバキは花が咲いてもすぐにその花が散ってしまうことから、儚さの象徴にもなっています。

 京都の妙心寺山内の東林院には十数本の娑羅の樹(夏椿)が植えられており、六月中旬から七月までの間、沙羅の花を愛でる会が開かれています。

*生物の系統分類は20世紀の分子生物学の発展によって遺伝子レベルで再構成され、歴史、文化、伝統といった文脈での生物理解、つまり、方便が科学的な理解と随分異なることがわかってきました。