歌舞伎「児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)」

 熊坂長範は能の「熊坂」によって、児雷也は歌舞伎の「児雷也豪傑譚話」によって私たちに親しまれてきました。長範と児雷也の活躍する時代の違いが能と歌舞伎という異なる芸能ジャンルに反映されていることがわかります。

 歌舞伎の原作は河竹黙阿弥で、『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』を脚色したものです。元の物語では、足利将軍の時代、大蛇が乗り移った大蛇丸は執権照友に取り入り、その養子となって天下に大乱を巻き起こそうと考えます。その軍勢に攻め滅ぼされた尾形家の嫡子雷丸と松浦家の綱手姫は共に大蛇丸に谷底に突き落とされます。しかし、二人は妙香山の仙素道人(せんそどうじん)に救われ、共に成長し、蝦蟇(がま)の妖術と蛞蝓(なめくじ)の妖術を授かって夫婦となり、敵を討ち、お家再興のために旅に出るのです。

 初演は1852年で、八代目市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)が児雷也、二代目市川九蔵(いちかわくぞう)が仙素道人と盗賊夜叉五郎(やしゃごろう)と富貴太郎(ふきたろう)の三役、三代目嵐璃寛(あらしりかん)が高砂勇美之助(たかさごゆみのすけ)、三代目岩井粂三郎(いわいくめさぶろう)が妖婦越路を演じました。

*画像は国貞(三代豊国)画「児雷也豪傑譚話」(1852)で、中央が児雷也、右が高砂勇美之助、左が妖婦越路の図です。

 これは妖術を使う児雷也が活躍する合巻の歌舞伎化であり、当時人気随一だった八代目團十郎児雷也を演じるとあって評判となり、1855年5月にはその続編となる「児雷也後編譚話(じらいやごにちものがたり)」が上演されました。

 さて、そのあらすじを見てみましょう。幕府の執権職月影郡領は、武勇に優れた大蛇丸を養子に迎えますが、実はこの大蛇丸こそ、この世を魔界にかえようと企む蛇の化身だったのです。その妖術に操られた郡領は、盟友である大名尾形左衛門と松浦将監を滅ぼし、尾形の嫡子雷丸と松浦の息女綱手姫を谷底へ突き落とします。でも、二人は妙香山の仙人仙素道人によって命を救われ、やがて成人した後、雷丸は児雷也という名と蝦蟇の妖術、綱手は蛞蝓の妖術をそれぞれ授けられます。そして大蛇丸打倒の鍵となる名剣・浪切丸を求めて旅立つのです。義賊となった児雷也は、一度は大蛇丸の妖術に破れるのですが、生き別れになっていた姉・あやめの犠牲によって力を取り戻し、浪切の剣を手に入れるため硫黄の噴出す箱根の地獄谷へと突き進みます。後を追った大蛇丸との立ち回りの末、浪切の剣の霊力によって大蛇の本性は浄化され、緒方・松浦の家名再興も許されて、三人は国づくりに力を合わせることを誓い合います。

 最近では、2005年に尾上菊之助児雷也新橋演舞場で上演されました。派手な立ち回りとケレンの数々、スピーディーな場面転換で、まるで猿之助スーパー歌舞伎と言ったところで、超人たちの神業、職人芸の連続的な爆発です。

f:id:huukyou:20211028093446j:plain