線形から非線形へ

 関数fが線形であるとは、つまるところ、fが直線であること。この表現を別の風に言えば、次の二つの式を満たす関数(写像fを線形であるという。

 

重ね合わせ:f(a+b)=f(a)+f(b)

比例:f(ca)=cf(a) 

 

 その要素の定数倍と加法で特徴づけられる数式、つまり一次式で表現される現象が線形現象である。波動(水の波、電磁波、音など)や電気回路(線形素子のみの場合)など、線形微分方程式で記述できる現象が線形現象である。

 一方、非線形とは、線形ではないことで、大雑把に言えば、曲線のこと。線形(一次)の項のみでなく,高次の項も含む数式が非線形。また,未知関数あるいはその微分の高次の項を含む微分方程式、さらに,そのような方程式で記述される現象が非線形

 身近な非線形現象は雲の動きなどで、代表的な非線形現象の一つが「カオス現象」である。株価の推移は、多くの投資家が「売り」、「買い」、「待ち」といった単純な行動をすることで、株価が複雑で予測不可能な動きをする現象で、非線形現象の一つである「創発」とみなすことができる。

 雪の結晶は、水などの物質がそれぞれ勝手に(物理法則に従いながら)動いているにもかかわらず、規則正しい形を作る現象によってできる。これは、「自己組織化」と呼ばれる非線形現象の一つとみることができる。このような代表例の他にも様々な非線形現象が存在し、非線形現象だとしても、実用上、近似的に線形現象として扱われている現象も多数存在している。

 カオス現象とその理論は最も有名な非線形現象として理論化されている。比較的簡単な決定論に従う不規則かつ複雑で長期予測が不可能な現象で、簡単な規則(決定論)から生まれる、予測不可能な複雑な現象である。初期値の僅かな違いが未来の状態に大きな違いをもたらす「初期値鋭敏性」をもっている。線形現象は、初期値のずれは問題にならないが、カオス現象の場合、僅かでも初期点、初期位置、初期状態などが異なると、最終的な点、位置、状態は全く別のものになってしまう。

 創発現象は、複数の要素(状態を持つ点、人、細胞、粒子など)が、それぞれ簡単なルールによって動いているとき、お互いに影響を及ぼし合うことにより、全体として見たときに複雑な振る舞いを生み出す現象のことである。1+1 ≠ 2のような現象で、複数の要素を複雑に組織化することによって、個々の要素の局所的な相互作用がシステムの機能に影響を与え、またそのシステムが個々の要素に影響を与える双方向の仕組みを持ったシステム。「相互作用」は重要なキーワードで、典型例は、神経細胞同士の相互作用から情報処理機能や意識が発生する脳神経システムである。生命活動は典型的な非線形現象で、個々の細胞は単純な電流の処理、化学変化など簡単な構造で簡単な振る舞いで動いているにもかかわらず、膨大な数の細胞が相互に影響を及ぼしあうことによって、生命を維持し、高度な思考、行動をすることができる。

 応用先はどのようなものがあるのか。渋滞の発生やその様子は、「オートマトン」という方法を使って説明・解析されることが多い。オートマトンとは、簡単なルールで動く個体を使ってシミュレーションを行う手法で、個体が複数あった場合に、相互作用を起こすことによって、創発現象が起こる。個体を車に見立てて動かすことで、渋滞を作り出し、それを調べることができる。

 脳は非常に多数の神経細胞が相互に連結してネットワークを作っていて、神経細胞同士で相互作用を及ぼしあうことによって、記憶や学習などの高度な情報処理を実現している。脳は比較的単純な神経細胞から構成されているが,その複雑な機能が神経細胞の集合に備わっている。

 単細胞生物の行動解明の研究で、その活動を説明するために使われているものが非線形数理モデルである。特に、粘菌は単細胞であるにも関わらず、餌を獲得するための最短経路や危険を回避する経路などを見つけることに成功している。このような行動の説明に非線形科学は欠かせない。

 脳の神経細胞網を真似た数理モデルである「ニューラルネットワーク」や、生物の進化の過程を真似た「遺伝的アルゴリズム」などの工学的応用が行われている。これまでは、非線形現象であっても線形で近似することにより解決していた問題も、非線形をそのまま扱うことにより、応用の幅が大きく広がると考えられている。