ユキツバキの周辺(2)

 さて、「ユキツバキ」発見にまつわる史的エピソードはこのくらいにして、ユキツバキが本当にヤブツバキと異なる新種か否かについての研究経緯を見てみよう。

 『研究報告第21号要約集』(富山市科学文化センター、1998)に「2倍体ユキバタツバキの形態変異(Morphological Variation of Diploid Camellia japonica L. var. intermedia Tuyama)」(折川武司、岩坪美兼、太田道人)がある。富山県内と新潟県西部に生育するツバキ属植物(ヤブツバキ,ユキツバキ,ユキバタツバキ)の花と葉の観察を通じて3分類群間での比較と、3分類群の減数分裂と花粉の観察を通じて、ユキバタツバキにはヤブツバキに近いものからユキツバキに近いものまでがあること、正常な減数分裂や花粉が観察されたことから、ユキバタツバキはヤブツバキとユキツバキの間での浸透性交雑(*)によって生じたものと推測された。

*浸透性交雑とは戻し交雑が自然に行われて、種としての特徴は失わず、ある部分の遺伝子が入れ替わっている場合のこと。最近では浸透遺伝子(遺伝子浸透)という言葉も使われている。種を越えて遺伝子が伝播する水平伝播(遺伝子浸透)は生物に広く知られた現象。浸透性交雑は大規模に起こっていることが分かってきた。特に、細胞質遺伝が起きる葉緑体では、地方ごとに、種を越えて同じ葉緑体のグループができるという。

 次は平成26年度(2014)「自然首都・只見」学術調査研究助成事業成果発表会における「ヤブツバキとユキツバキの種分化の程度について」(三浦弘毅、新潟大学大学院)で、形態(表現型)と遺伝(遺伝的違いは葉緑体DNA)に関して、二つの間の一致はどの程度かを調べたもの。ヤブツバキとユキツバキの二つは種分化の途中にあることがわかるという結論。2015年のヤブツバキとユキツバキの種分化における研究(三浦弘毅(新潟大学),上野真義(森林総研),阿部晴恵(新潟大学))でもほぼ同じ結論で、形態では遺伝的な系統を識別できないこと、さらに日本海側の集団は第四紀の気候変動下において浸透交雑を繰り返していたことが推察され、自然分布でも完全な生殖隔離は起きておらず、種分化の途中であることが示唆されている。

 さらに、最近のものでは「ツバキ2種(ユキツバキとヤブツバキ)のクローン構造と遺伝的多様性の比較」(小濱 宏基、新潟大学大学院自然科学研究科、阿部 晴恵、新潟大学農学部附属フィールド科学教育研究センター佐渡ステーション、森口 喜成、新潟大学大学院自然科学研究科、日本森林学会大会発表データベース 130 (0), 281-, 2019-05-27)がある。ユキツバキの方がヤブツバキよりも遺伝的多様性が低いことが報告されている。

 私たちはこれまで様々なレベルのユキツバキについて瞥見した。ユキツバキやヤブツバキの集団の各部分レベルでの遺伝子型、表現型が近年の研究対象であることを最後に見たが、個体の各部分レベル、個体全体のレベル、集団レベルでの生物学的な研究、そして、園芸的、社会的、文化的なレベルでのユキツバキについても垣間見た。

 小林幸子の「雪椿」が象徴する文化レベルでの「ユキツバキ」は商品名、会報誌名など、様々な分野で大活躍している。「どれもが同じ水素原子とどれもが違うユキツバキ」と言う命題がなぜ正しいかを示す証拠と、私たちが花の判別に迷う理由を共に説明してくれることがこれまでのことからわかるのではないだろうか。そして、それは私たちが個々のツバキ個体の間で識別できないことだけでなく、ツバキとサザンカの間でも識別ができないことの理由ともなっている。

 以後は単語としてのユキツバキを「ユキツバキ」と表示し、植物のユキツバキをそのまま「」なしで指示することにする。ユキツバキは新潟県の県の木。「ユキツバキ」を(政治経済的に)使うことはユキツバキの産地では普通のことで、ユキツバキを指すだけでなく、銘菓、銘酒の名前として使われるだけでなく、同窓会やグループの名前、会報誌名として人気が高く、雪国の生活の中に溶け込んでいる。越後高田では「上杉謙信」ほどではないにしても、地域のシンボルとして「ユキツバキ」の人気は随分と高い。

 一方、ユキツバキはヤブツバキとは異なる日本固有のツバキであり、ユキツバキ系の乙女椿は既に江戸時代から作出されていた、といった植物としてのユキツバキの性質も明らかになり出していて、表現型だけでなく遺伝子レベルでの解析も進んでいる。冬から春にかけての花として園芸でも人気がある。

 「ユキツバキ」という語彙を使うこと、つまり言葉の使用と、ユキツバキについての知識は違うものだというのは誰にもほぼ自明のことだが、実際の生活世界では二つの間の緊密な交わりが物の世界と言葉の世界の不思議な相互関係を紡ぎ出していて、それを知ることに関心をもつ人は少なくなく、私もその一人である。

 「ユキツバキを知らなければ、「ユキツバキ」を正しく使えない」というのは教科書のような言明だが、ユキツバキの何を知り、「ユキツバキ」の何を知るかは簡単な事柄ではない。言葉は文脈に応じて天使にも悪魔にもなることのささやかな一例が「ユキツバキ」という訳である。ところが、これが農作物、気象、地形、気候等につけられた名前となると、事態は一挙に複雑になり、魑魅魍魎の世界に変わり、「ふるさとの風土」といった概念が登場することになる。そして、人種、民族、文化、歴史が入ってくると、際限もなく込み入った状況が出現し、紛争が起こり、調停するしかない事態が起こることが珍しくなくなる。そうすると、「ユキツバキ」などはそのような百鬼夜行の世界への入門の第一歩に過ぎないことがはっきりするのだが、穢土の始まりの一つが確かにそこにあることもわかる。

 学名の後ろに命名についての情報(命名者や年号など)が付加されることがある。ツバキの学名を記すと、次のようになる。

ヤブツバキCamellia japonica

ユキツバキCamellia rusticana Honda

ユキバタツバキ(Camellia × intermedia (Tuyama) Nagam.

1属名「Camellia」は、ゲオルグ・ヨーゼフ・カメル(Georg Joseph Kamel)に由来するラテン語名で「ツバキ」、「japonica」は「日本の」、「L.」は命名者リンネ(ラテン語表記:Linnaeus)。

2 Honda(ほんだ まさじ、1887~1984年)、植物学者は命名者の名前。種小名「rusticana」は、「形容詞 rusticanus(野に生えた)」の女性形。「 Camellia rusticana Honda」の意味は、「野に生えたツバキ。命名者は本田正次」

3「intermedia」はラテン語の形容詞「intermedius(中位の、中間の、雑種の)」の女性形。×は雑種を表しています。「Tuyama」は、植物学者の津山尚(つやまたかし、1910~2000年)ユキバタツバキは、「リンネ命名の日本のツバキの変種である、中間種」と津山尚が命名

 「ユキツバキ」は、本州日本海側の雪の多い地域に自生するヤブツバキの変種といわれた時期があったが、1950年頃ヤブツバキと種が異なると判断されたようである。ユキバタツバキ(雪端ツバキ)はツバキ科ツバキ属の常緑低木。東北から北陸地方日本海側に自生する。多雪地帯に適応した形で、低木です。ヤブツバキとユキツバキの自然交雑種と言われている。ユキツバキが故郷の固有の樹木かどうかは少々心許ないことになるが、これが生物の進化の実際の姿である。ふるさと固有のユキツバキにしていくのはコシヒカリを固有の米としたのと同じ情熱があれば、できるのである。ダーウィンの自然選択は多数派が種の内容であるので、ユキツバキが圧倒的な適応域を確立すれば、立派に種として確立できるのである。新潟大学と雪椿の関わりは深く、(故)萩屋薫農学部名誉教授、石沢進元理学部教授の業績もあり大学本部裏の大学の森には雪椿園が整備されている。