スイレンとハス:自然の事情、人の事情

<人の事情>

(1)ハス

 ハスは今では高田公園のスターであり、2019年には7月20日(土)から8月25日(日)の間、『第40回上越蓮まつり』が開かれた。高田公園の外堀のほとんどを埋め尽くす「東洋一」といわれる蓮の観察会、週末の「蓮まつり物産展」、「はすまつりボランティアガイド」、高田城三重櫓 「ライトアップ」など多彩なイベントが実施された。

 明治4(1871)年、高田藩戊辰戦争と大凶作による財政難に苦しみ、それを打開しようと戸野目の地主・保阪貞吉が自身の財産を投じて、外堀に「蓮根」を植えたのが始まり。蓮根は昭和37(1962)年まで採取されており、私自身、通学途中で蓮根を取る姿を見たのを憶えている。高田公園の城跡を巡る外堀約19haのほとんどをハスが埋め尽くす。種類は和蓮で、ほとんどが紅蓮、一部白蓮も交じり、新潟景勝百選に選ばれている。

(2)スイレン

 池の平の「いもり池」は妙高山を望む絶景地だが、近年スイレンが繁茂し、初夏には見事な花をつけている。だが、このスイレン環境省の重点対策外来種「園芸スイレン」であり、もともとあったヒツジグサヒルムシロなどの在来種を駆逐し、それらの種が確認されなくなっている。いわば厄介者、悪者のスイレンで、それが高田公園のハスとの大きな違い。スイレンの花はきれいでも、水面を覆いつくすため、「逆さ妙高」が水面に映らなくなるなど肝心の眺望に支障が生じている。その上、いもり池の水底はヘドロが溜まり、水質の悪化を招いている。

 このようなことから、紅葉シーズンを前に妙高を訪れる観光客のために、夏と初秋にいもり池のスイレンの除去作業を行ってきた。ボートによる葉と茎の刈取り、陸からの鋤簾(じょれん)による抜根と引き上げ作業を行い、いもり池の水面を覆っていた多くのスイレンを除去している。

 

<自然の事情>

 いもり池を訪れ、スイレンの花を愛でる観光客は結構多く、大抵はハスとスイレンの区別さえしていない。確かに二つの植物はよく似ていて、植物に関心がない向きには区別が厄介かも知れない。スイレン科とハス科はともに、被子植物門・双子葉植物綱・スイレン目に属すると考えられていたが、近年の分子系統学的研究から、スイレンとハスは全く系統が異なることが明らかになった。スイレン科は、被子植物の中で主グループから早い時期に分岐した最も原始的なグループに属すのに対して、ハス科は被子植物の主グループに近いとされ、真正双子葉類のヤマモガシ目に属す。

 陸上生活に適応して進化した高等植物でありながら、二次的に水中生活をするようになった植物を水生植物と呼ぶが、スイレンもハスも多年生の水生植物。水位が安定している池などに生息し、地下茎から長い茎を伸ばし、水面や水上に葉と花を展開する。スイレンの葉は円形から広楕円形で中央に葉柄が着き、深い切れ込みがある。水面より高く出る葉はない。多くの植物は気孔が葉の裏側にあるが、スイレンは気孔が葉の表側にある。葉にハスのような撥水性はない。スイレンは、熱帯産と温帯産に区分され、温帯産は水面のすぐ上に花をつけ、熱帯産は水面から突き出た茎の先端に花をつける。

 ハスの葉は円形で葉柄が中央につき、切れ込みがない。スイレンと異なり、水面よりも高く出る葉がある。葉に撥水性があって水玉ができる。水面から高く花柄が伸び、白またはピンク色の花をつける。ハスの地下茎は肥大して蓮根になる。

 

スイレンとハス>

 古代エジプト人はナイルのスイレンを神聖なものとして崇めていた。青スイレンNymphaea caerulea)は、朝に花を開き、夕暮れに花を閉じる。白スイレンNymphaea lotus)は、夜に花を開き、朝に花を閉じる。古代エジプト人にとってこの性質は、特定の神の象徴だった。

 ハスはインド亜大陸とその周辺を原産地とする。和名のハスは、蜂巣(ハチス)状の花托に由来。英語名のロータス(Lotus)は、ギリシア語由来で、本来はエジプトに自生するスイレンを指した言葉とされる。早朝に花を開き、昼には花を閉じる。果実の皮は厚く、土の中で発芽能力を長期間にわたって保持できる。ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などにおいて、ハスは特徴的なシンボルとして始終登場する。神の誕生を媒介する清浄なハスは仏典にも多く見られる。

 スイレンとハスには異なる人の事情、自然の事情があり、正にそれがスイレンとハスの歴史を生み出す成分の一つになってきた。地域や時代が異なれば、異なるスイレン史、ハス史が人々に記録され、記憶されることになる。スイレンを一方的に悪者にして、ハスと対照的に見る必要もなく、歴史は共に社会で重要な役割を演じてきたことを示している。自然の事情はハスとスイレンのDNA情報と進化の道筋の違いに凝縮され、人の事情の大きなエピソードはエジプトのスイレンとインドのハスのもつ役割ということになろう。そんな数あるエピソードの一つが上越市の外堀のハスと妙高市のいもり池のスイレンなのである。そのエピソードの面白い点は、祭りの主人公と駆除すべき外来生物というまるで異なる意味合いであり、それはえちごの人々の事情が生み出した産物なのである。