ブッダ:坐禅、解脱、自我、右半球

 仏教のスタートはブッダの開悟。ブッダ菩提樹の下で座禅を組み、精神を集中し澄心端座の後、明けの明星を見て大悟した。ブッダの開悟には坐禅が不可欠だった。その坐禅(禅定)の役割について知るためにブッダの修行を追ってみよう。ブッダは出家直後二人の仙人を訪ね、修行した。二人とはウッダカ・ラーマプッタ仙人とアーラーラ・カーラマ仙人。ブッダは二人の仙人からそれぞれのの禅定の境地を体得し、弟子を率いるようにと勧められるが、ブッダはその申し出を断る。ブッダはこの二人の教える禅定では悟ることはできないと判断したのである。
 坐禅修行に満足できなかったブッダは、二人のもとを去り、断食と止息(呼吸の制御)による苦行に挑戦。6年間苦行するが、結局、身体を苦しめるだけで悟ることはできず、苦行を放棄。村娘スジャータの差し出した乳粥を食べ、体力を取り戻したブッダは、再び坐禅を組み開悟に至る。このプロセスは体育会系の精神と肉体の鍛錬によく似ている。
 仏教を理解するために必要な概念は「三界」。三界とは人間の精神世界を欲界、色界、無色界の3つに分類したもの。三界をまとめると、次のようになる。
欲界:性欲、食欲など欲望の世界で、一番下の俗人の世界。  
色界:性欲、食欲などの欲望を離れ、欲界の上にある物質的世界。
無色界:全く物質的なものを離れ、色界の上にある純粋精神の世界。
 このような三界を前提に、悟りの達成が構想される。このアイデアが意外にも脳神経系の知識に繋がっている。そのあらすじは次の通り。自我を形成している脳神経系で起こる色、受、想、行、識の五蘊因果律に従って起こる無常の(変化する)現象で、そこには恒常的な霊魂(=我=アートマン)はない。自我の正体は因果律という自然法則に素直に従って縁起する脳内現象である。この事実を禅定体験によって正見することができれば自己の実相は無我であることがわかる。これを理解することが自我への執着を脱する出発点。自我への執着は長い間の生活習慣と無知に由来するもので、そこから脱するには三学(戒、定、恵)と八正道のたゆまない実践が必要。その不断の修行の過程において生命や情動を司る下層脳が活性化される。それによって生命力が活性化し情動が安定し、心に覚醒感と静かな喜びが生まれる。その結果、根深い自我への執着が滅尽され、心の安らぎと安心立命が達成され、解脱と安心立命の世界が実現する。この脳生理学的な説明は科学的な装いをもち、説得力のあるシナリオになっている。
 ニーチェが「神は死んだ」と叫んだ遥か前に、当然のように神仏を否定し、すべてを投げ出し出家し、自ら解脱を目指したのがブッダ。私のような常識人には理解しがたい決断、行為としか映らない。頭でぼんやり想像できても、それを実践し、完成させることは並大抵のことではない。禁煙やダイエットで四苦八苦する私たちには到底到達できない目標である。極めてストイックな自己管理と座禅だけによる心理的な改造は、自己を信頼し、その自己を超越する歩みであり、超人による精神的コントロールの完成である。
 ブッダの仏教は私たちが馴染んでいる大乗仏教とは似ても似つかぬもの。禅宗の座禅や瞑想が僅かに重なるが、その訓練の度合いは桁違い。レースやゲームを実際に行う競技者とそれを見る観客を比べたとき、ブッダの仏教は競技者が最後まで競技するためのノウハウ、手引きである。だが、その後の大乗仏教は競技者だけでなく、観客も含めての仏教であり、それが他の宗教と共通する点である。実際の競技に参加できなくても構わないことが誰にでもアクセス可能な宗教であるが、ブッダの仏教は競技者のための宗教だった。ニーチェ風に言えば、超人ブッダは自我を超え無我へと解脱したのである。
 ブッダは最後の説教で「法帰依」と「自帰依」を説いた。人間は弱い。そんな弱い人間よりも全知全能の神や阿弥陀如来に帰依する方が得策。実際、ブッダの死後ブッダの「自帰依」の教えは変容し、ついには放棄される。ブッダの死後500年経つと、仏像が作られ、ブッダは仏に格上げされ、崇拝と信仰の対象に祭り上げられる。仏教徒は弱い人間ブッダよりも神仏として祭り上げた如来(=ブッダ)や菩薩を崇拝し、帰依する道を選ぶ。大乗仏教の成立によって、「法帰依」と「自帰依」の道は忘れ去られた。彼らは膨大な大乗経典を創作し、諸仏や諸菩薩信仰の道をひたすらに進んで行く。大乗経典には阿弥陀如来薬師如来大日如来、観世音菩薩、弥勒菩薩文殊菩薩など多くの仏や菩薩が登場する。しかし、大乗経典に登場する諸仏・諸菩薩は原始仏典には存在せず、創作に過ぎない。夏目漱石は『心』の中で主人公に「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないようになっているのです。」と言わせている。2500年前ブッダは自分自身に向き合い、信頼できる自己を確立することができた。それがブッダの「「自帰依」の思想であり、「近代人の心の闇」は古代インドで克服されていたのである。
 雑阿含経の中でブッダは世の中には三種類の異なる師がいると述べ、さらにブッダは独自の霊魂(我、アートマン)否定論を展開する。ブッダが雑阿含経「仙尼」で説く三種類の師とは次のような師である。
A師:現世では我(霊魂、アートマン)の存在を認めるが、死後はなくなると考える。
B師:現世にも死後にも我の存在を認める。
C師:現世にも死後にも我の存在を認めない。
 ブッダの考える師はこの中の誰だろうか。A師は現世では我(アートマン)の存在を認めるが、死後には我の存在を認めない。B師は現世、来世ともに我の存在を認める。ブッダはこれらを乗り越えたC師の考えこそ正しいと答えている。C師の考えでは、現世、来世とも我は存在しない。西欧の哲学、思想であれば、これは正にニヒリズムブッダの考えがニヒリズムの筈がないと思われるかも知れないが、この経典でブッダは「C師の説は是即ち如来等正覚者の説にして、現世に愛断し離欲し滅尽し涅槃せり」と断言している。仙尼はこの言葉を聞いて混乱し、さらに疑いが増してしまう。ブッダは「疑いが増すのは当然だ。この考えは微妙な深い考えで理解しにくい。聡慧者のみが理解でき、凡愚の衆生は理解できない。」と答えている。つまり、ブッダは霊魂否定主義者なのである。
 この問題に関してブッダより遥か後世の道元(1200-1253)は『正法眼蔵-弁道話』の中で次のような話を挙げる。
 「生まれて死ぬことを憂い悲しむことはない。生死の苦しみから逃れ出るのに早道がある。世に言う心の本体が永遠不変であるという道理を知るのである。その説くところは、この身体は、生まれたら必ず死ぬのであるが、この心の本体は決して滅することはない。生滅の法則に押し流されない心の本体が自身にあることを知ってしまえば、これを本性とするのであるから、今の身は仮の姿となる。ここに死んではかしこに生まれ、一定していない。心は永遠不変で、過去、現在、未来にわたり変わらない。このように知るのを生死の苦を逃れたというのである。この心の本体の永遠不変である趣旨をよくよく知るべきである。」
 このような主張は成程と思わせるのだが、これが本当に仏教が言わんとすることなのだろうか。
 「今言われた考えは全然仏法ではない。先尼外道(せんにげどう)の考えである。先尼外道の考えは、「自分の身の中に一つの霊魂(たましい)がある。その霊魂は、何かに出会うと、好き嫌いを弁別し、是非を弁別する。痛い、かゆいを知り、苦楽を知るのは、すべてこの霊知の力である。ところが、この霊知の正体は、この身が死んでなくなる時、中身だけ抜け出して別の所に生まれ変わるから、ここで死んでなくなったと見えても、別の所で生まれるから、永久になくならず、不変である」と主張される。先尼外道の考えは、このようなものである。この考えを仏法だとするのは、瓦や石ころをつかんで黄金の宝だと思うよりももっと間抜けなことである。愚かな迷いの恥ずべきことはたとえようもない。大唐国の慧忠国師が深くいましめている。今、心は不滅で、相(かたち)だけが死んで行くという間違った考えを、諸仏の妙法だとし、生死(まよい)の根本原因を作っておいて、それで生死の苦を逃れたと思うのは間の抜けたことではないか。」
 このように道元は不生不滅の霊魂をはっきり否定している。これがブッダ以来の仏教の正統的な考え方である。先祖供養などに付随した霊魂肯定論は仏教由来の考え方だと信じられているが、仏教本来の考え方とは違う。
 ブッダの無我観は仏教を特徴づける考え方であるにもかかわらず、注目されていない。この教説は既述のようにブッダの悟りの核心をなすもの。最も古い仏教経典とされるSN(スッタ・ニパータ)の全編を通しての主題は「無我」である。SN915 -916詩に次のようなブッダの言葉がある。

とうていわく「修行者はどのように観じて世の中のなにものをも執することなく安らいに入るのですか?」 (ブッダ)は答えた「<われは考えて、有る>という<迷わせる不当な思惟の根本>をすべて制止せよ。内に存するいかなる妄執をもよく導くため常に心して学べ」 (デカルトのコギトを想起させ、それを否定する文言である。)

 原始仏典「ダンマパダ(DP)」154詩はブッダが悟った時の歓喜(よろこび)の詩だと伝えられている。ダンマパダ(DP)」154 詩は次のような詩である。

「私は、苦しみの基盤である「自分」という家の作り手を探し求めて、幾度も。生死を繰り返す輪廻の中を得るものもなくさまよい続けた。何度も何度も繰り返される生は苦しみである。だが家の作り手よ、お前は見られたのだ。もう二度と家を作ることができない。 その垂木はすべて折れ、棟木は崩れた。心はもはや消滅転変することなく、渇愛の終息へ到達したのだ」。

 求道の旅について、ブッダは「苦しみの基盤である「自分」という家の作り手を探し求め、得るものもなくさまよい続けた。」と言っている。これはブッダの問題意識がアートマン問題を中心とする「苦しみの原因である自分とは何か?」を解決すること、 即ち、自己究明にあったことを示唆している。その結論が「五蘊無我の悟り」であった。
 最近は「無我」より「非我」が正しいと主張する人たちがいる。ブッダは経典中(無我相経)で「修行僧らよ、いろ・かたちあるもの(色)は我(アートマン)ならざるものである。」と言っている。 これは(色)は我(アートマン)ならざるものである、即ち非我(アートマンではない)と言っているのであり、無我(アートマンがない)と言っているのではないと言う考え方である。(「である存在」と「がある存在」の区別というアリストテレス存在論の否定的なブッダ版と言えないこともない。)ブッダは色だけでなく、受、想、行、識夫々についてアートマンではない(非我)と言ったのであり、アートマンは存在しないと言ったのではないという主張である。しかし、ブッダ五蘊以外にアートマンは存在すると言ったことは一度もない。自己存在は五蘊で説明できる。五蘊の各成分は非我(アートマンではない)である。色、受、想、行、識夫々はアートマンではないならば、その総体である自己はアートマンではないと結論できる。結局のところ自己はアートマンではないし、アートマンの存在は確認できない。 従って自己はアートマンではない(=無我)と結論できる。実際、アートマンは何処かにあると主張した仏教徒はいない。雑阿含経「仙尼」はそのことを主張している。無我の方が積極的で強力な主張になっていて、実証的な脳科学的真実と合致する。

 ブッダの霊魂否定論の「霊魂」が私たちが現在理解している「自我」と同じかどうかという問題が相変わらず残ったままである。それはアリストテレスの霊魂が心理現象だと割り切れるかどうかという問題に似ている。私たちの「自我」概念がデカルト以降のものであるなら、ブッダの我や霊魂は私たちの自我意識とは違っている筈である。純粋理性である天使が存在しないという程度の話なのか、それとも自我の否定によって西欧近代の主体的な人間理解を超越するものなのか、興味深い問題が残ったままである。また、解脱は一人の個人の問題であり、そのための無我であるから、「自意識、自我、私」の彼岸になければならないが、それは現在の私たちには主体的な人間性の否定ということにならないのだろうか。
 これらのことに関連する最近のデータの一つは、ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき』 (竹内薫訳、新潮文庫)2012(原題は「My Stroke of Insight」)である。著者は1959年生まれの米国人。統合失調症の兄と健康な自分の脳の何が違うのか知りたいと思い、神経解剖学を志す。ハーバード医学校で研究、全米精神疾患同盟の理事を務める。その彼女が37歳のある朝、左大脳に脳出血を発症。その後8年のリハビリを経て復活した記録が本書。原題の意図は「悟りのひらめき」か。Strokeには「脳卒中」だけでなく、「衝撃」、「ひらめき」、「天啓」の意味があり、彼女が脳卒中から何を授かったのかが述べられている。
 脳卒中の発症時、彼女は「脳科学者であれば願ってもない研究の機会」を得たと考え、自分の認知力が壊れていく過程を記憶した。そして、脳出血の拡大により左脳(左半球)の機能が徐々に失われると、右脳(右半球)の機能が前面に現れてくることに気がつく。それは彼女が全く予期しなかった宗教的ともいえる平穏な境地で、彼女は「涅槃」と呼んでいる。
 「脳の中に静寂が訪れ、絶え間ないおしゃべりからひととき解放されたことがうれしかった…意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して『ひとつになる』ところまで高まっていきました…仏教徒なら、涅槃(ニルヴァーナ)の境地に入ったと言うのでしょう。」
 「宇宙との融合」体験は、死に瀕した人が生き延びて報告する「臨死体験」に似ていて、長く修行した宗教家の涅槃の境地は実は右脳が本来持っている機能であるという説もある。著者は、深い心の平和は右脳の意識の中に存在するため、いつも人を支配している左脳の声を黙らせ、右脳につなげばよいという考えに至る。