対称性:物理と数理の絡み合いの要約

 対称性(Symmetry)と言えば、誰もが想い出すのは学校で習った線対称や点対称。それらが図形を移動し、回転しても、同じ形がそのまま保存されることを意味していたように、変化や運動がいつ、いつどこで起ころうと、それに対して同じ法則が適用され、同じ結果が得られることを保証するのが対称性の原理。その原理は自然の様々な変化の中で不変的に保存されるものが数学的に対称的なものであると主張しています。

 ところで、不変的なものがもつ代数的な構造は群(group)で、一種類の演算だけが定義された数学的構造をもち、対称性の数学的表現として用いられています。群は、(1) 閉包性、 (2) 結合性、 (3) 単位元の存在、 (4) 逆元の存在をみたす集合です。図形の簡単な平行移動を考えてみましょう。移動をそれぞれA、B、Cと表し、移動を続けて行うことをABやBAで表し、そのような移動すべての集合をFとし、ある移動Aの逆の移動をA*とし、何も移動しないことも移動の一つであるとすると、集合Fは群になります。物理的な変化の代表は運動で、運動は対象の移動のことです。ある位置の対象が別の位置に移動することは対象を置き換えることですが、それらを対象の変換(transformation)と呼ぶことにすると、逆の変換が元の状態を復元する場合、そのような変換すべては群をつくり、変換群と呼ばれます。物理的な運動変化が変換によって表現されるため、変換群は物理的な運動変化の集まりを数学的に表現していることになります。

 最も単純な力学システムは1個の粒子の運動で、空間内の質点(point particle)として表現されます。粒子は空間内の位置、そして質量、電荷等の物理量の値が与えられれば、空間内で表現でき、それら物理量は一定です。また、私たちは観測者としてそのシステムを外から眺めますが、観測者は座標系として残ることになります。粒子と観測者の複雑な関係は点と座標系の関係に還元されて表現されることになります。そして、この座標系についても対称性の原理が成立しています。古典力学の場合、どのような座標系を選んでも運動は同じように表現されることが保証されています。

 さて、このような説明から自然法則の特徴をまとめると次のようになります。

(1) 自然法則の普遍性は対称性概念によって数学化される。自然法則を述べた普遍命題を確証する必要があるとき、直接に確かめることはできない。しかし、対称性とその数学的表現である群を用いることによって、数学的な意味で確証を得ることができる。

(2) 物理システムの認識論的特徴づけは座標系と対称性概念によってなされる。これは観測者と物理システムの間にある認識論的関係の数学化である。

 物理法則における対称性の再認識は1905年にアインシュタインが相対性の原理(Principle of Relativity)を述べたことに始まります。「互いに対して一定の速度で動いている二人の観測者にとって、物理学の法則は正確に同じである」というのが相対性の原理です。異なる視点の同等性というアインシュタインの考えはすべての可能な観測者に対して物理法則が同一であるという考えをさらに追求させることになりました。あらゆる運動への同等性を述べるという考えは、それを普遍法則に高め、等値性の原理(Principle of Equivalence)が得られました。この原理は、重力は見かけの力と区別できない、あるいは加速度の効果は重力の効果と全く区別できない、と言うものです。これら二つの原理は対称性原理の具体的な形です。

 対称性原理の次の段階はネーター(Emmy Nöther、1882-1935)の定理 (1918) です。彼女の定理によると、物理法則の対称性にはそれに対応する保存則が存在し、その逆も成立するというものです。対称性と保存則の関係は次のように分類できます。

1空間的対称性は空間の均質性であり、線運動量の保存を含意する。

2回転的対称性は空間の等方性であり、対称軸についての角運動量の保存を含意する。

3時間的対称性は時間の均質性であり、エネルギーの保存を含意する。

 対称性と保存性の同等性は「物理システムのある物理量が保存されて時間発展する場合、それについての法則も普遍的であること、そしてその逆も成立する」ということを意味しています。

 三番目の段階は、ゲージ場と呼ばれる特別の場で、すべての物理法則は生まれ、その構造と振舞いは局所的対称性(local symmetry)によって完全に述べることができるというものです。時空のどのような点に視点を取っても等値性が主張できるというのが、法則が「局所的に対称的である」ということです。

 こうして、ニュートン以来の物理学は対称性概念によってその普遍的妥当性を拡大し、それが現在も維持されていることがわかります。力学は物体の時間的変化を対称性の原理によって数学的に処理し、数学を使った推論によって自然現象を理解してきたのです。

*画像はEmmy Nöther(ブリンマー大学図書館所蔵)