「刹那滅、諸行無常」などの教義と歴史や仏像との関係

 興福寺南都七大寺の一つで、法相宗大本山藤原鎌足とその子不比等ゆかりの寺院です。興福寺の北円堂は藤原不比等の1周忌にあたる721(養老5)年に元正天皇の命で長屋王によって建立され、1180(治承4)年の焼失後、1210(承元4)年頃に再建されました。本尊の弥勒如来坐像(国宝)を中心に、無著・世親菩薩立像(国宝)、木心乾漆四天王立像などが安置されています。釈迦入滅後約千年を経た5世紀頃、北インドで活躍し、法相教学を確立したのが兄無著と弟世親。無著像は老人の顔で右下を見、世親像は壮年の顔で左を向き遠くを見ています。無著像は運助、世親像は運賀が担当しました。

*無著・世親菩薩立像はWeb上で簡単に画像を観ることができます。

 親鸞は七人の高僧を挙げていますが、その最初がナーガールジュナ(龍樹)(『中論』)、二番目が浄土真宗で「天親菩薩」と呼ばれる世親です。仏教の天の中の菩薩という位や、上記の無著・世親菩薩立像の見事な彫刻を見ると、大乗仏教のスローガンである「諸行無常、刹那滅」とはまるで異なる仏教を支える確固たる高僧と真理が歴史的に具象化されているように思われるのです。仏教の教義の「見える化」の具体例が無著や世親の仏像であり、彼らの教説とは違って、普遍的真理の直観的証拠になっているのです。

 実証主義的な不可知論が小乗仏教とすれば、大乗仏教形而上学に強い関心を持ち、思想構築を行なっています。般若経典では、全智とは全宇宙を空と見る洞察にあります。感覚器官が私たちに与えるものは、移り変わる無常な現象に過ぎません。こうした中に現れたのがナーガールジュナです。ナーガールジュナの思想は世界の諸法の実在性を肯定する立場と、否定する立場のいずれにも偏らない点で「中観」と呼ばれます。ナーガールジュナは日常の意識と言語使用との間の矛盾を指摘しました。また、彼は経験を否定し、空間や時間などの概念を否定し、知識までも否定します。彼によれば、世の中の生起、存在、消滅と呼ばれる一切は幻覚の所産であって、夢・幻・蜃気楼と同じものです。

 さて、ナーガールジュナ、無著、世親は諸行無常のこの世界で生き、仏教に大いに貢献し、人々に崇められ、現在にまでその名前を残しています。仏教史の中では欠かせない高僧です。ナーガールジュナは仏教の原初からあった「空」の考えかたを、般若経の「空」の解釈により深め体系化し、彼以後の大乗仏教に大きな影響を残します。また、無著・世親菩薩立像がつくられ、無著と世親の姿は現在まで残されています。歴史の事実として残るだけでなく、木像としても残る事実は彼らの思想とは裏腹に、実在論的な匂いが強いことがわかります。

 三名の高僧の主張が諸行無常、刹那滅などの変化する世界についてのものであるにも関わらす、その主張が変わることなく歴史的に残ってきたことは、彼らの所業が無常ではなかったことを物語っています。実際、私は無著と世親の像のもつ美術的価値は不変だと信じています。そして、これらの意義を単純に骨格だけ抜き出すならば、論理的には「クレタ島の嘘つき」のパラドクスと同じ構図になっていることが自ずと浮かび上がってくるのではないでしょうか。